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高齢者に生死の選択権…衝撃作『PLAN 75』 倍賞千恵子が80歳で問う「死とは何か?」

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

(c)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee
(c)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

 1954年に歌手としてデビューし、松竹歌劇団(SKD)を経て映画界入りした倍賞千恵子さん。『男はつらいよ』シリーズのさくら役などで人気を博した以外にも、多数の映画やドラマなどで高い評価を得る名俳優です。そんな倍賞さんが80代を迎え、新たに挑戦した『PLAN 75』は、その衝撃的な設定などで海外でも話題を呼んでいます。物語の軸は75歳以上に生死の選択権を与えるという架空の制度。「生きること、死ぬこととは何か」をストレートに問いかける本作では、倍賞さんの存在自体が大きな意味を持っているようです。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。

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75歳以上の高齢者に生死の選択権を与える制度「PLAN 75」

 日本の総人口に対する65歳以上の比率は28.4%(世界銀行調べ)。この高齢化率を世界で見ると何と日本は第1位だ。世界平均が9.32%だと知ると、我が国の年齢バランスの悪さが分かる。

 高齢社会対策として政府が挙げるのは、「一億総活躍社会の実現」や「働き方改革としての高齢者の就業促進」「人生100年時代構想」など、経済面での自己解決を促すものが多い。もちろん経済的基盤は大切。しかし、それだけで解決できるのだろうか。

 そんな超高齢社会を憂う早川千絵監督の『PLAN 75』が、去る5月に開催された第75回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション「ある視点」部門でカメラドール特別表彰を受けた。同じカンヌで2016年にパルムドール(最高賞)を取ったケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)も、デジタル化されていく社会に対応できない独居老人と貧困母子の話。高齢化や貧困は多くの国と地域で切実な問題だ。

 映画の舞台は、高齢化がさらに加速し、高齢者用施設の襲撃事件が多発する近未来の日本。政府は75歳以上の高齢者に生死の選択権を与える制度「PLAN 75」を可決する。

 市役所のPLAN 75担当である岡部ヒロム(磯村勇人)は、申請に来た高齢者を1人30分の時間制限で機械的にさばいていく。PLAN 75コールセンターの成宮瑤子(河合優実)はプラン利用者がその日を迎えるまでの話し相手を一回15分でこなしていく。そんな若者たちが向き合う相手は、夫と死別し、ホテルの客室清掃員として働いている角谷ミチ(倍賞千恵子)、78歳だ。

PLAN 75担当者たちの“対応”に腹立たしさを感じる本当の理由

 倍賞といえば、『男はつらいよ』シリーズ(1969~2019)。寅さんの妹・さくら役で知られる。でも『PLAN 75』で演じたミチは、同世代の同僚たちとたわいのない話をして過ごすことに細やかな楽しみを見出す孤独な女性。ミチにも78年分のドラマ、生きて培った歴史がある。しかしPLAN 75担当者たちはそれを知らない。だから彼女を、もののように機械的に扱うことができるのだ。

 ミチの晩年は散々だ。いわれのない理由で退職を勧告される。団地の老朽化で立ち退きも迫られる。そんなミチを見るのはつらい。演じているのが、輝かしい経歴を持つ“倍賞千恵子”なので特にそう感じる。そう、倍賞がキャスティングされているから、我々はPLAN 75担当者たちが、ミチたちをひとくくりに“老人”として対応していることに腹立たしさを感じるのだ。

 早川監督は倍賞をキャスティングしたことで、「無知は、重要なものを無価値にすることができるのだ」と示唆したかったのだろう。人それぞれに人生があり、歴史がある。そんな人々の日常が積み重ねられることによって、現在の社会がある。そう気づかせるキャスティングにまんまと持っていかれる。監督の思うツボだが、キャスティングとはこういうことなのだ。