育児・家族

親が答えを教えない・手伝わない 米国在住の日本人女性がコロナ禍で「学んだ」ロサンゼルスの教育術

著者:小田島 勢子

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小学校1年生の自宅授業はトラブルがいっぱい? 新鮮な発見も

発音の練習は大人になってから米国移住した母・勢子さんより、お姉さんに習っているという三女【写真:小田島勢子】
発音の練習は大人になってから米国移住した母・勢子さんより、お姉さんに習っているという三女【写真:小田島勢子】

 今回からは2回にわたり、我が家のホームスクーリングの様子をお伝えしましょう。

 9月から1年生の三女は、朝の9時から10時まで言語のクラスです。担任の先生をはじめ、20人ほどのクラスメイトが1つの画面いっぱいに映ります。文字の発音や単語のスペリングの他に「私の大切なもの」といったテーマを与えられる作文もあり、クラスのみんなの前で発表する娘の声を、母の私は近くで晩御飯の下ごしらえなどをしながら聞いています。

 娘が受けている授業ですが、日本で生まれ育ち、大人になってから海外移住した私にとっては、初めて見るアメリカでの小学校の授業。娘の同級生として、同じ授業を受けている気持ちになりながら耳で参加しています。

 10時から11時までは画面を離れての自主学習。先生とはいったんさようならをして、ビデオチャットからログアウトします。少しの休憩を入れた後、カリキュラムに沿って先生が作成した課題を進めます。

 課題の数は日にもよりますが、週末を除いて1日に7つほどが所定のアプリに毎日アップデートされ、その日のうちにオンライン上で提出します。それとは別に読書時間やスペリングのテストなどもあるので、きっちりこなそうと思うとかなりの時間を要します。

 11時からは算数の授業。今は足し算の基礎を習い始めています。毎日何かしらのトラブルがあり退屈しない1年生のクラスですが、今日の会話も印象的でした。先生からの「足し算はどうやって答えを求めますか?」との問いに対し、元気いっぱいに手を挙げた1人の男の子は「グーグルに聞きます!」と大きな声で発言をしていました。

 ホームスクーリングだからこそ味わえる、先生と生徒のやりとりやクラスの雰囲気は、新鮮でアイデア満載の楽しいひと時です。

答えを教えない、手伝わない…ホームスクーリングの極意とは?

オンラインで書き込みと録音をして先生へ提出。実際に教科書に書き込んだものを写真に撮って提出することも【写真:小田島勢子】
オンラインで書き込みと録音をして先生へ提出。実際に教科書に書き込んだものを写真に撮って提出することも【写真:小田島勢子】

 算数の時間が終わり、昼ごはんを終えた午後からは課題の続き。娘たちの通う学校では、ホームスクーリングの際にどの学年の先生からもお願いされていることがあります。

 それは、親や大人が絶対に答えを教えないこと。そして、できるだけ手伝わないこと。

「私が期待しているのは、答えが満点であることではなく、子どもたち個人がどこまで理解できているか、そしてどこが苦手なのかを知ることです。たとえ綴りが間違っていても、文章の書き方が分からなくても、計算が間違っていても良いのです。答えを教えるのではなく、子どもたちがどうしてその答えに行き着いたか、どう伝えたいのか。子どものアイデアと向き合い、もしそこへのヒントがあれば入り口まで案内して、その先は勇気を持って子どもを見守ってあげてください」

 先生がそうお話をされた時、娘の単語の綴りが間違っているといつも正していた私は、ドキッとしました。

 どこがどのように間違っていたのかを自分で納得して、ようやく理解するというプロセスは、学校だけでなく人生を通してその繰り返しです。

 発酵食の講師としてお伝えしている私が一番大切にしている、自ら経験と失敗をして塩梅を見つけ、菌や素材や適した環境を理解していく過程も同じです。間違えることの大切さを、子育て(=自分育て)の中で改めて気付かされました。

 毎日を自宅ですごす生活スタイルの私にとって、ホームスクーリングになったことで困ったと思うことはありませんが、アメリカの家庭では両親共働きの方が数多くいらっしゃいます。

 新型コロナ禍でベビーシッターを気軽にお願いできないようになってしまった今、共働きの家庭は就業時間中、近い親族に子どものシッターをしてもらうか、どちらかの親が在宅で仕事をしながら、もしくはどちらかが夜勤にするなど夫婦で労働時間帯をずらして、日中は子どもと一緒に家にいる方法を取っています。

 この背景には、この国での子どもの人権が大きくかかわっています。米国では、13歳以下の子どもを家に1人で留守番させることは、時によって「ネグレクト(虐待)」という犯罪だと見なされます。(州法で定めている地域もあるため、州により対象となる子どもの年齢は異なります)

 家だけではなく公共の場でも、小学生の子どもが大人なしで行動をしていると通報されることがある、とよく耳にします。それほどまでに、子どもの身を守るという共通認識があります。

 それぞれの家庭がそれぞれのスタイルで協力をしながら、子育てや家族を守るために意識して、行動する。言葉にすれば当たり前のことかもしれませんが、現実的にはとても大変なことで、人々が「変化」への対応を求められる場面に直面していると感じます。

(小田島 勢子)