インタビュー

38歳で渡米 ハリウッドで成功した日本女性が持つ“シフト力”とは

著者:篠崎 有理枝

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困難も辛いこともプラスに変えることで前に進み続ける押元須上子さん【写真:Kentaro Terra】
困難も辛いこともプラスに変えることで前に進み続ける押元須上子さん【写真:Kentaro Terra】

米高級ホテルで認められた丁寧な仕事ぶりとホスピタリティーの高さ

 いとこが住んでいたラスベガスに渡った押元さんは、生活をするためのお金を稼ぐため、仕事探しを始めた。もともと押元さんの細やかで丁寧な仕事ぶりを知っていた知人から、高級ホテルとして知られる「ベラージオホテル」のレストランのフロントの仕事を紹介された。顧客は世界中のVIPや著名人。今まで経験したことのない仕事だったが、躊躇せず引き受けた。

「フロントといえば顔。英語はネイティブではないし、全く未知の仕事。自分にできるかという不安はあったものの、人と対面することが大好きでしたし、ホスピタリティーに関しては自信があったので仕事を受けることにしました。フロントの仕事を任されてからは、仕事が休みの日もホテルに通い、隅々まで調べて、何を聞かれても答えられるようにしました。ホスピタリティーの高さや仕事の丁寧さに評価を受け、辞めてからも3、4年は『戻ってきて』と言われ続けました(笑)」

片道5時間のきつい移動も「インスパイアにつながる大事な時間」

 子供のころから着物が好きで着付講師もしていた押元さんは、米国で着付け教室を開講することに。ホテルを辞め、ラスベガスに居を構えながら、ロサンゼルスに3校開講した。ラスベガスからロサンゼルスまでは、およそ東京から京都までの距離ほど。休まず走って車で約5時間の道のりを自ら運転して通う生活を続けた。

「砂漠の中の1本道を何時間も走るので、時々眠くなることも。ガスステーションのライトの下で仮眠をとることもありました。でも、自分の着付けのクラスを待っている人がいると思うと苦になりませんでしたし、責任感もありました」

 押元さんは「無我夢中だったので大変だと思ったことはない」と当時を振り返る。むしろ「ラスベガスからロサンゼルスまでの1本道は、季節や時間ごとに移り変わる風景が広がり、そこにはなんて素敵なんだろうと思う色があり、作品のインスパイアにもつながる大事な時間になったと思います」と続ける。困難も辛いこともプラスに変える“シフト力”。押元さんが前に進み続ける原動力のひとつなのだろう。