インタビュー

37歳で目覚めた美ボディ競技 初優勝と同時にがんとの闘い…怒涛の7年間を語る

著者:Hint-Pot編集部・佐藤 直子

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目標達成の道のりは具体的に描く「後は現実化させるだけ」

 新しいことを始める時、長瀬さんが決めているのは「ゴールと道のりが描けなければ始めない」こと。頭の中で目標を達成した自分の姿と達成までの具体的なプランを描き、「後はデジャヴみたいに現実化させるだけなんですよ」と語ります。

 ビキニフィットネス世界選手権への道のりも、1年目から徐々にステップアップし、2019年に出場するプランを作成。ところが、3年目の2018年、良くも悪くも予定調和にいかないのが人生であると思い知らされます。

「順調だった生理が3日ずれたんです。下腹部がもわっとする感じもあったので、これは変だと思って婦人科に行きました。先生には『40歳近くなったら多少のずれはありますよ』と言われたんですが、せっかくだから簡単にできる子宮頸がんの検査でもしておこうと調べたら、がんが見つかったんです」

自覚症状はなく受けた子宮頸がん検査で、思いがけずがんが判明【写真:荒川祐史】
自覚症状はなく受けた子宮頸がん検査で、思いがけずがんが判明【写真:荒川祐史】

 体はいたって健康で自覚症状はゼロ。すぐに手術は行わず、1か月後に出場した全日本ビキニフィットネスで初優勝を飾ります。予定より1年早く世界選手権への切符を手に入れましたが、大会後に行った円錐切除術でステージIIBであることが判明し、医師から子宮摘出を言い渡されました。

「勝手にステージIくらいだと思っていたので、まさか、でした。夫は私の隣で泣いていましたよ。お腹にメスを入れる上にリンパ節切除の可能性もあったので、競技復帰は無理かなと。最終的にリンパ節は切除せずに済み、手術後の抗がん剤治療も回避できたことは本当にラッキーでした。摘出した子宮は通常の2倍の大きさになっていました。もわっとした感じは間違いじゃなかったんですね」

 世界選手権を目前にしながら、突如迎えたがんとの戦い。競技を続けるか否か、長瀬さんは岐路に立たされます。

◇長瀬陽子(ながせ・ようこ)
1977年生まれ。美術系の高校を経て、美術大学ではテキスタイルデザインを学ぶ。卒業後はデザイン会社に務めるが、結婚を機に退職して主婦に。その後、ドレスの輸入販売や製作販売サイト運営、パーティーの企画・運営に携わる。2015年、ミセス・ワールド世界大会に日本代表として参加。37歳でトレーニングに目覚め、2018年にJBBF全日本選手権で初優勝すると翌年も連覇した。2018年に子宮頸がんが判明。2019年に子宮摘出手術を受けて見事克服し、同年のアジアマスターズ選手権2位、IFBB世界マスターズ選手権3位の好成績を収めた。現在は現役ビキニフィットネス選手として活動しながら、ミセスコンテストの審査員も務める。

(Hint-Pot編集部・佐藤 直子)