インタビュー

ゆとり世代の美人女将に学ぶワークライフハーモニー

著者:Hint-Pot編集部・白石 あゆみ

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おいしい創作料理の数々を自ら手掛けるオーナーの片岡絵里さん【写真:Hint-Pot編集部】
おいしい創作料理の数々を自ら手掛けるオーナーの片岡絵里さん【写真:Hint-Pot編集部】

 駅から徒歩10分。飲食店激戦区・中目黒でひそかに人気を集める『1988 KORYORI-YA』。店を切り盛りするのは、なんと30歳の美人オーナー・片岡絵里さんだ。大学卒業後は会社員として働いていたが、なぜ20代で自分の店を持てるようになったのか。フードビジネスを開業するに至った経緯と、仕事と家庭の両立について聞いた。

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アパレルの会社員からオンオフ無しの師弟関係の世界へ

 4年制大学で英文学を専攻後、もともとファッションが好きなこともあり、卒業後は学生時代からアルバイトをしていたアパレル関係の会社に就職した片岡さん。販売だけでなくPRの仕事も任されるようになり、順風満帆な生活を送っていたが、入社から2年がたった頃、これからの人生に疑問を持つようになる。

「将来のことを考えたとき、私は女性としてもっと成長したいと思いました。そのとき真っ先に思い浮かべたのが母の手料理のこと。幼いころから母は手の込んだ料理を毎日作ってくれて、誕生日など特別な日には手作りのケーキを用意してくれました。母のようにもっと料理がうまくなりたい。生活から切っても切れない“食”を見直したいと思ったんです」

 一念発起し、会社に直談判。アパレルの会社で働く傍ら、幅広くフードビジネスについて学べる料理学校に通い始めることにした。そしてフードスタイリストという職業に興味を持つ。フードスタイリストは、雑誌や広告で料理を撮影する際に、食器類を用意したり、盛り付けを美しく魅せる仕事だ。もともとファッションが好き。志すのは自然なことだった。そこで人生で最も影響を受けたという恩師と出会う。

「料理学校でフードスタイリストの講師をされていた方に、直接ご連絡しアシスタントにしていただきました。2年半ほどアシスタントとして働かせていただきましたが、あれほど辛く、けれど充実した日々はなかったと思います」

 アシスタント時代、24時間はすべて師匠のために存在した。師匠はフードスタイリストの第一人者と呼ばれるほどの人だったが、師匠自身が常に働き続けることを全く厭(いと)わなかったという。フードに関するスタイリングだけでなく、撮影用のインテリアから洋服まで用意するほどの徹底した仕事。食事の時間も、映画を見る時間も、常に仕事に繋がるという姿勢。すべてがのちに大きな影響を与えたという。

「オンオフを付けない生活は、仕事人間の父の影響もあり、すんなりと慣れることができました。今も私はどんなときでもオンモードですが、リフレッシュを仕事以外でしようとは思っていないんです。人生は一回だから好きな仕事をしたい。だから、私は転向し生活に不可欠な“食”を仕事に選びました。そのせいか仕事とプライベートがはっきり分けられないんです」

 フードスタイリストのアシスタントとして経験を積んでいくと、片岡さん個人に依頼される仕事も増えていった。アシスタントの仕事をしながら、個人の仕事を続けること1年。ある日、もう少し調理の勉強をしたいという気持ちが膨れ上がってきていることに気が付く。そこで、仕事を続けながらもさらなるスキルアップを目指し、ケータリング業を営む会社に就職。フードスタイリスト、アシスタント、ケータリングシェフの三重生活が始まった。

「現在の夫とは、学生の頃からお付き合いをしていたのですが、自分の時間がほとんどない私のために彼が時間を作ってくれました。休みの日には、私が住んでいた実家に遊びに来てくれたり。彼と両親の精神的なサポートのおかげで、どんなに忙しくても頑張れましたね」