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「子育てペナルティ」 出産経験女性は10年で収入46%減 日本はどの国をモデルにしたら良い?

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部

教えてくれた人:山口 慎太郎

産後に働く女性にのしかかる「子育てペナルティ」とは(写真はイメージ)【写真:PIXTA】
産後に働く女性にのしかかる「子育てペナルティ」とは(写真はイメージ)【写真:PIXTA】

 仕事と子育ての両立は、難しいことばかり。「子持ち様」や「マミートラック」など、女性を取り巻く言葉にモヤモヤすることもあるかもしれません。今年2月、東京大学などの研究グループが、出産・育児によって女性の賃金が低下する問題を分析して発表。「子育てペナルティ」として注目を集めました。それから4か月。研究グループのメンバーである東京大学の山口慎太郎教授に、お話を伺いました。前編をお届けします。

 ◇ ◇ ◇

女性は出産後10年間で労働所得が約46%低下

「子育て(チャイルド)ペナルティ」とは、出産・育児を機に労働所得が低下することです。この問題の仕組みを探るべく、山口教授ら研究グループは、日本の大手製造業のある企業の、労働時間や賃金といった人事データを分析しました。この企業は、育児休業や時短勤務などの制度が充実しており、女性の就業継続率が高い傾向にあります。

 その結果、この企業では、子どもを産んだ女性の出産後10年間の賃金が、産まなかった場合と比べて約46%も少ないことが明らかに。また、調査では、男性の賃金は扶養手当などにより約8%上昇、女性は出産から通常勤務に戻ったあとも賃金格差が埋まらなかったこともわかりました。発表から4か月が経ち、山口教授は次のように語ります。

「この研究結果を発表して以来、学術界だけでなく、企業の人事担当者や政策立案者からも多くの反響がありました。とくに印象的だったのは、多くの女性から『数字で見るとこれほど大きいのか』という驚きの声が寄せられたことです。データで明確に示すことで、個人の体験として漠然と感じていた不利益が、社会構造的な問題であると認識されたように思います」

労働時間にとらわれない仕組み作りが大切

 厚生労働省が今年3月17日に発表した「令和6年 賃金構造基本統計調査」によると、男女の賃金格差は過去最小に。男性の賃金を100としたときの女性の指数は75.8と、前年より1ポイント上がり、過去最高を記録しました。社会全体からとらえた数字のうえでは、確かに格差は縮小していますが、出産後に働く女性が直面する「子育てペナルティ」が存在するのも事実です。

「大切なのは単に格差を指摘するだけでなく、その具体的なメカニズムを解明することです」と山口教授。先の研究発表では、時間の経過とともに、この賃金格差の原因が「残業手当・時短控除」から「役職手当」へと変化していく点に着目しています。

 つまり、出産をして一度働く時間が減ってしまうと、その後は昇進の機会が減り、手当がつく役職に就きづらくなってしまうと示唆。労働時間にとらわれない人事評価の仕組み作りが大切だといいます。

世界と比べて、日本の「子育てペナルティ」は大きい?

 この「子育てペナルティ」は、日本だけの問題なのでしょうか。出産後に労働所得が約43%下がる数字について、山口教授は次のように説明します。

「国際比較研究によれば、デンマークの21%やスウェーデンの26%、アメリカの31%よりも大きいとされています。このような国別の差が生じる主な背景には、社会の価値観の違いがあります。たとえば日本では、子どもが学校に上がる前は母親が家にいるべきだという考え方が広く支持されています。少し前のデータになりますが、2012年の国際社会調査プログラム(ISSP)では、日本の回答者の68.7%がこの考えに同意しており、これは諸外国と比べて高い傾向です」

 こうしたデータは社会的価値観が企業制度にどのように具体化され、賃金格差として表れるかを示しています。長時間労働が評価されるシステム自体が、「仕事か家庭か」の二者択一を迫る社会規範の表れといえるでしょう。同時に、男性の子育て参加が限定的であることも、この価値観と密接に関連しています。

 厚生労働省の調査によると、2023年度の「男性の育児休業の取得率」はおよそ30%。過去最高となりました。政府は、2025年までに男性の育休取得率の目標を50%に引き上げるとしています。この数字に関して、山口教授は諸外国と比べつつも、近年の変化に期待を寄せています。

「『子育てペナルティ』の傾向が少ない、スウェーデンやアイスランドなどの北欧諸国では、男性の育休取得促進の制度を導入して、取得率が約90%にも上るとされています。その一方で、変化はすでに始まっています。男性の育児参加は徐々に増加し、企業の評価・昇進制度も少しずつ変わりつつあります。また、コロナ禍を経て、リモートワークなど柔軟な働き方も広がっています」