仕事・人生
「惜しい」で終わらせたくない─パリ育ちの感性で挑む、世界的アーティストの河原シンスケさんの伝統工芸改革
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1980年代初頭からパリを拠点に活躍するデザイナーの河原シンスケさんは、世界の舞台で日本の文化や芸術が高く評価され、新たな輝きを増す様子を目の当たりにしてきました。それは日本という枠から飛び出し、多種多様な価値観に触れたからこそ得た経験なのかもしれません。縁あって京都・天橋立を望む古民家を日本での住まいとし、京丹後地方が紡いできた歴史や伝統工芸、なによりも地域の人々の温かさと誠実さに魅せられた河原さん。何百年と受け継がれてきた“財産”がこの先もずっと続いていくことを願い、率直な意見を還元しています。インタビュー最終回は、これからの思いについて伺いました。
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革新を恐れず、愛ある意見で伝統工芸に新たな息吹を
伝統とは、風習や芸術などさまざまな分野において、古くから受け継がれてきたしきたりや様式などのこと。何世代にもわたり高い評価を受けてきたものや、多くの人々が価値を見出し守ってきたものがあります。しかし、時の流れとともに、社会の価値基準は時代に即した形に変化を遂げてきました。その結果として、日本における伝統工芸の多くは、後継者不足や原材料の確保難など未来への継承が危ぶまれる危機的な状況に直面しています。
そんななか、近年は海外からの観光客や輸出に対するニーズが高まるなど明るい兆しも見え始めてきました。「自分はまだ何もできていない」という思いを原動力に世界で活躍する河原さんは、自身の経験も踏まえ「伝統を守りながらも、革新を恐れてはいけない」と言います。ただ、受け継がれてきた歴史が長いほど、職人たちが新たな意見は言いづらい環境になることも。そこで移住者でもある河原さんは客観的な立場から“愛情ある意見”を届け、伝統工芸がさらに可能性を広げるための気付きを提供することにしました。
「展覧会をする時、設営を手伝ってくれた学生たちに感想を聞くと、フランスでは『シンスケ、すごいと思うけど、ここはいまいち。なんか好きじゃない』ってしっかり意見を言う。『開催直前に言う、それ?』って不安にはなるけど(笑)、実は自分もどこかでそう感じていたことに気付いたり、まったく違う意見でも新たに考えるチャンスをもらえたり、自分にはない意見や視点をインプットできる。そのために人はいると思うから、愛情がある人には意見を言うべきだと思うんです。でも、日本の学生は絶対に意見を言いませんね(苦笑)。
伝統工芸の場合でも、職人さんが作ったものに対して疑問や違和感を持ったら『これ、おかしくない?』『これはダメだよ』と言えることが大事。もちろん、言いにくい状況はあると思います。だから、地域の人たちには何か言いにくいことがあったら『シンスケが言ってる』って伝えてくださいと言っています。僕は何の利害関係もないし、全然平気だから。『ここが惜しい』と言わず、惜しいままで終わってしまったらもったいない。好きな人には意見を伝えないと。伝えることで何かしらの相乗効果が生まれると思うんです」
河原さんが願うのは、伝統工芸の世界が一過性の注目を集めることではなく、長く未来に続く産業として一歩ずつでも発展していくこと。そのためには「いまを使い捨てにしない」取り組みが必要だと考えます。
「例えば、代々作られてきた陶器のカニがある。僕の『3本目の足はこうにしたら?』という意見を反映した作品に対して『すごく良くなりました』と言う人もいれば、『先代の方が良かった』と言う人もいる。でも、次の代になったら『あの時、変えた足がいま、生きている』となるかもしれない。未来へ続くためには、いまを使い捨てにするんじゃなくて、そこで研究した成果が後で出るような気付きや発見、革新の積み重ねだと思うんです。人はいつかは死ぬもの。だからこそ、エスプリ(精神・才能)だったり、工芸品だったり、技術だったりをつなげていければ」
