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「なぜ食べない? 日本人の性格か?」 スイス人が理解できない、国民性の違いが出た公共のマナーとは
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公共の場での振る舞いやマナーは、育った環境や国の文化によって大きく異なるものです。日本では当たり前のように身についている習慣が、海外の人から見ると、驚くほど繊細で誠実なものに映ることがあります。アメリカ・ロサンゼルスに住むYoさんが綴るこの連載。第43回は、スイス人の友人が感銘を受けた、日本人のマナーへの意識についてです。
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日本人の遠慮にスイス人疑問
語学学校の授業が始まる直前、スイス人の男子生徒に「ガム、食べる?」と差し出されました。しかし、先生の前でモグモグと口を動かすのは気が引けるものです。やんわり断ると、「なんで? 昼食のあとでしょ」と彼は不思議そうでした。
「先生に失礼。それに、ちり紙を持っていないから捨てられない」という私の説明に、彼は笑いながら言いました。
「それは日本人の性格かい? たしかにくちゃくちゃと音を立てるのは良くないけれど、食べるくらい良いだろう。ちり紙はいらない。そのまま(先生の隣にある)ゴミ箱に行って、吐き捨てれば良いじゃないか」
その後、彼は平然とガムを噛み始めると、先生が話している間に席を立ち、ゴミ箱に捨てていました。先生も気にする様子はありません。
日本では、自分の行動が周囲にどう映るかを常に意識し、相手に対して失礼のない振る舞いを選ぶのが一般的です。一見すると「遠慮」ともとられるその行動の裏側には、小さな所作の一つひとつにまで気遣いを行き届かせる、日本固有の豊かな精神性が宿っているのだと改めて気づかされました。
他者の気持ちを想像する力が秩序を支える
授業中の飲食が許されている自由な環境のなかで、「ガムだって、授業中に先生に何か質問されたら、奥歯のあたりにしまえば良い。喋る間だけ隠せるから問題ないよ。それで嫌な気分になる人は誰もいないと思う」と、彼は個人の自由を優先する考え方を示しました。
しかし、多くの日本人なら「自分が気にならなくても、誰かが不快に感じるかもしれない」と、一歩先を想像して行動する傾向があります。この「他者の気持ちを想像する力」こそが、公共の場での静けさや秩序を支えていると言えるでしょう。
日本人の姿勢を説明すると、スイス人の彼は、深い敬意を払っていました。
「日本人の国民性だね。だから公共交通機関とかでも気分よく過ごせるんだろうね。その文化は素晴らしいし、見習うべきだと思うよ」
特別なルールに縛られているわけではなく、一人ひとりの心の中にある「相手への思いやり」が、結果として誰もが安心して過ごせる快適な空間を作り出している。そんな日本人が当たり前に持っている気配りの精神が、周囲の快適さを守り、安心して過ごせる空間を生み出しているのかもしれません。
(Yo)
Yo(ヨウ)
新聞社に5年、ネットメディアに6年勤め、スポーツを中心に取材・執筆・編集活動をしたのちに退職。30代半ばでアメリカ・ロサンゼルスに拠点を移した。大学時代はバックパッカーとしてアジア、南米を放浪。仕事を含めて20か国近く訪れたものの、意思ばかり伝えてリスニングが苦手な一方通行イングリッシュに終止符を打つべく、英語習得にも励んでいるところ。
