Hint-Pot | ヒントポット ―くらしがきらめく ヒントのギフト―

仕事・人生

「えっ、どうやって通うの?」 40代で不妊治療を経験した社長が追求した“患者ファースト”のクリニック

公開日:  /  更新日:

著者:柳田 通斉

「にしたんARTクリニック」を運営支援するエクスコムグローバルの西村誠司社長【写真:増田美咲】
「にしたんARTクリニック」を運営支援するエクスコムグローバルの西村誠司社長【写真:増田美咲】

 不妊治療専門の「にしたんARTクリニック」を全国で運営支援するエクスコムグローバル。2022年に同事業へ参入した背景には、西村誠司社長自身と家族の不妊治療をめぐる経験がありました。そして、診療時間や立地など、患者の通いやすさを重視。その取り組みや考えについて、前後編で紹介します。前編では、事業参入のきっかけと、不妊治療を提供するうえで大切にしていることを聞きました。(取材・文=柳田通斉)

 ◇ ◇ ◇

自身と弟夫婦の経験が不妊治療事業参入の原点に

 西村氏はアメリカで暮らしていた当時、第3子を望んでいました。しかし、妻は41歳で自身は44歳。年齢的なリスクを考え、体外受精を選択するに至りました。

「第1子、第2子のときは夫婦ともにまだ若く、自然妊娠で男児2人を授かりました。ただ、40歳を超えると、ダウン症の子どもが生まれるリスクが増加していきます。なので、自然妊娠が可能だとしても、体外受精を行って事前に遺伝子スクリーニング(着床前胚染色体異数性検査=PGT-A)を受け、障害を持っていないかをチェックしたかったんです。私たちも初めて耳にする検査でしたが、アメリカではこの頃には広く普及していたのです」

 PGT-Aは、体外受精によって得られた胚の染色体の数を調べる検査で、すべての病気や障害の有無を調べるものではありません。西村氏夫妻はこうした検査の特性を踏まえたうえで、PGT-Aを受けることを選択しました。

 検査の結果、西村夫妻の場合は受精卵12個中、移植の対象となったのは1個でした。その胚を子宮に戻したところ妊娠し、2015年に待望の女児が誕生しました。

「着床前の検査を受けず、12個の受精卵をランダムに子宮に戻していたら、妊娠までどのくらいの時間がかかったかわかりません。妻の年齢を考えると、途中であきらめていた可能性も高かったと思います」

 西村氏は不妊治療を受けていた3歳下の弟夫婦にも、アメリカで診断を受けることを勧めました。しかし、夫婦はともに仕事を休んで渡米することが難しく、結局、子どもを持つことを断念しました。

「そのときに感じたのは、『自分が日本に戻るようなことになったら、誰もがこの診断と検査を受けられる環境を作りたい』ということでした。弟夫婦のように、何年も治療を続けた末、泣く泣く子どもを諦めるケースは多々あるだろうと。不妊治療はお金もかかるし、メンタルにもくるわけですから」

帰国後に不妊治療事業へ参入 患者目線で追求した通いやすさ

自身や身近な家族も不妊治療を経験【写真:増田美咲】
自身や身近な家族も不妊治療を経験【写真:増田美咲】

 コロナ禍に入り、アメリカを拠点にしながら日本でのPCR検査事業を軌道に乗せた西村氏は、2021年6月に家族で帰国。翌年の2022年6月、不妊治療専門のにしたんARTクリニックを開業しました。

「僕はアメリカから戻ってくるときも、お世話になったドクターやクリニックにお礼を言いに行っています。心から『あの先生と出会ってなかったら娘に出会えてない』と思っているからです。だからこそ、今度は自分が『ありがとう』と言われる側に回りたいと思いました。今では、妊娠して当院を卒業される方が毎日のようにいますし、自分が『ありがとう』と言われる側になれていると感じています」

 開業に際し、西村氏には疑問に感じたこともありました。それが、不妊治療と仕事を両立しながら通院する患者にとっての「通いやすさ」です。

「病院というものは、朝の8時半や9時から夕方の5時半や6時までという固定概念や思い込みがあるじゃないですか。でも、僕は素朴に働く女性が増えている中で『えっ、どうやって通うの?』と思ったんです」

 そこで、同院では平日は午前9時~午後10時(最終受付は診察終了1時間前)、土日祝は午前9時~午後6時。つまり、「休診日なし」のスタイルを確立させ、医療業界に新たなインパクトを残しました。そこには、医師ではない西村氏ならではの「患者ファースト」のマインドがあったといいます。

「患者さまからはよく『勤務時間外で通えたお陰で、会社に言わずに済みました』と言われます」

 診療時間だけではありません。西村氏がもうひとつ重視したのが、クリニックの立地や院内での過ごしやすさでした。駅直結や駅から徒歩数分の立地を選び、院内には高級ホテルのラウンジをイメージした内装を取り入れています。

「駅直結なら雨が降ろうが雪が降ろうが、傘なしで来られます。血液検査の結果を待つ1時間も、高級ホテルのラウンジのような空間でWi-Fiを使って仕事ができる。通われる方がどれだけ便利かという『患者さま目線』を徹底追求しました」

 こうしたなか、不妊治療をめぐる環境にも変化が生じています。日本産科婦人科学会は25年9月8日付で細則を改定し、PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)の対象に「女性が高年齢の不妊症の夫婦(目安として35歳以上)」を追加。PGT-Aを受けられる対象が広がった状況と独自の取り組みも踏まえ、にしたんARTクリニックは現在、全国13院を展開し、「延べ2万5000人以上(月間)が来院」と公表しています。

 インタビュー「後編」では、西村氏が「不妊治療の未来予想」「学歴無関係の社員採用試験」などを語っています。

◇西村誠司(にしむら・せいじ) 1970年5月20日、愛知・名古屋市生まれ。生活保護を受ける家庭で育ち、中学時代には新聞配達のアルバイトを経験。名古屋市立大経済学部卒業後の93年4月、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。95年に現在の会社を設立。2012年に海外用モバイルWi-Fiルーターレンタルサービス・イモトのWiFiの提供を開始。19年、美容医療のにしたんクリニックを立ち上げ、PCR検査事業で急成長。22年からは、不妊治療専門クリニックのにしたんARTクリニックを展開し、医療のアップデートに挑戦中。

(柳田 通斉)