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「妊娠できない」医師の宣告から12年…“未婚の母”マリエがメキシコでの出産を選んだワケ
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2011年に芸能活動を休止し、適応障害、摂食障害と診断され、10年以上も療養を続けてきたというマリエさん。現在は新たな命を授かり、未婚の母でありながら経営者としても多忙な日々を過ごしています。メキシコで臨んだというシングル出産の経緯、つらい過去の記憶も多く残る日本で子育てを行う理由を聞きました。
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「人目が怖い」過去のトラウマから単身メキシコで海外出産
適応障害に苦しんでいた22歳の時、子宮筋腫を併発して「あなたはこの先妊娠できません」と医師に言われました。当時はまだ自分の子どもを持つことに実感が湧かなかったので、そうなんだ……という感じで。だから、ずっと自分が母親になるなんて考えたこともなかった。34歳で妊娠が分かったときは「えー、そんな奇跡があるんだ!」って、それはもううれしかったですね。
相手の男性は長年お付き合いしていた人だったんですけど、あまり子どもを持つというつもりはなかったみたいで、結果的に籍は入れずという形になりました。私自身、結婚にはめちゃくちゃ憧れがあったので、少しは残念な気持ちもあったけど、それ以上に子どもができた感動の方がフルパワーで上回っちゃって。彼も子育てをよく手伝ってくれますし、子どものこともたくさんかわいがってくれるので、家族の形は違いますが、今はとても幸せに過ごしています。
娘を出産した場所はメキシコでした。生活拠点を移してみて、一番好きな国だったからというのもありますが、それと同時に、日本で産むことに強い不安がありました。以前、急性摂食障害で救急搬送された時、その情報がすぐに週刊誌に流れたり、車でもらい事故に遭ったときも、警察を呼んだ直後にニュースになったことがありました。「いつどこで、誰に自分の情報が広まってしまうか分からない」。そんな不安を抱えていたんです。
私にとって初めての出産。不安や分からないことだらけであり、デリケートな場所を見られたり触られたりすることにも職業と過去の経験から不安がありました。相手に「あ、マリエだ」と知られた状態で診てもらうことにもすごく抵抗があって。体のことをいろいろとSNSに書かれるんじゃないか、必要以上に不安になっていた部分もあったのかもしれません。でも一度そう思い始めると、出産で不安なことがあっても聞くに聞けない。「こんなメンタルで、果たして安心して健康な出産ができるのだろうか?」「私のことを誰も知らないところで産もう」と、人目が怖いという理由もあって一時的に拠点を移したメキシコで海外出産を決めました。
結果的には、メキシコを選んで本当によかったと思っています。私にとって、とても幸せな出産になりました。医療体制は日本と同じくらい充実しているし、日本よりもずっと陽気なんですよ。妊娠中も街行く人がみんな「おめでとう!」って声をかけてくれて、中にはハイタッチまでしてくれたり。さんさんとした太陽の下で行ったお産では、メキシコらしい明るく陽気な音楽が流れていて。へその緒が絡まってしまって帝王切開だったんですけど、みんなニコニコしながらお腹を切っていくっていう本当に不思議な経験でした。