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合唱コンクールの伴奏「やりがい搾取すぎないか」 “仕上げて当然”の空気 生徒は「絶対失敗できない」
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毎年、多くの学校では2学期や秋学期に合唱コンクールが開催されています。一つの曲を完成させる楽しみや、クラスの団結、他クラスとの競争など、さまざまな側面があり、運動会と並んで根強く残る学校行事です。一方、ネット上では「伴奏を担当する生徒に負担が集中しているのではないか」との指摘が話題を呼びました。先生や伴奏を務める生徒、その保護者は、「伴奏者」という役割をどのように捉えているのでしょうか。合唱コンクールの実情と合わせて話を聞きました。
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合唱コンクールの伴奏は生徒のやりがい搾取なのか
「合唱コンクールの伴奏、『(家庭教育のおかげで)ピアノができる子』にお願いして(クラス分けのときから仕組まれてるの?)、一旦引き受けてくれたら途端に他人事になって本人任せで『仕上げて当然』みたいな感じでサポートもなく、家庭は通ってるピアノ教室の先生にカリキュラム止めて月謝支払って伴奏指導してもらって、本人は多大な責任を背負って家でも膨大な練習してる。やりがい搾取すぎないか。引き受けてくれた子には音楽の成績5を保証するくらいあっていいだろう」
今月初め、SNSのある投稿が反響を呼びました。学生時代に伴奏を頼まれたことがある、または自分の子どもが頼まれたことがある保護者からの「毎年頼まれるのはストレスだった」「伴奏を引き受けたけど、成績には反映されなかった」という率直な声が上がる一方、「むしろ伴奏をやりたい子たちの間で争奪戦になる」「自信につながる」など伴奏を頼まれることを肯定的に受け止める意見も多数見られました。
そのほか、「負担になるくらいなら引き受けない方がいい」「合唱コンクールの伴奏は別途レッスンが必要になるほど難易度が高いものではない」といった見解もあり、さまざまな観点から議論が広がっています。
これに対し、投稿者は「本人の能力や経験によって負担感が大きく異なる役割であるからこそ、一部の『問題なくできた人』の経験だけを基準に、その仕組みの妥当性を判断することには慎重であるべきなのではないか」と持論を述べました。「得意なことや身につけてきた能力を生かして集団に貢献することには、確かに大きな教育的価値がある」と、伴奏を務める重要性を認め、「そんなめんどくさいなら合唱コン自体なくしちゃえば」という意図はないと重ねています。
問題の本質については、「断ればいい」「できないならやらなければいい」という個人の自由の問題ではないと指摘。断りにくい空気がある一方、引き受ければ一定の完成度を求められ、そのために時間や費用をかければ「そこまでしてやる必要があるのか」と言われる。そうした構造そのものに問題があるのではないか、と結びました。
実際のところ、合唱コンクールの伴奏はどのように決まっているのでしょうか。
「Hint-Pot」は、先日合唱コンクールを行ったばかりの都内の公立中学校に取材しました。
まず、伴奏者の選び方についてです。合唱コンクールでは、伴奏者がいないクラスが発生しないように、ピアノが弾ける生徒を各クラスに配置しているとの見方もありますが、この学校では「内部的な事情については答えられない」と前置きしつつ、「クラス分けの際にはピアノに限らず、学力や運動能力、各個人の個性など総合的にバランスを考えています」と説明。また、伴奏者については、大体どのクラスでも立候補者がいるため、本人の意志を考慮せずに、ピアノが弾ける生徒に伴奏を無理じいさせるようなことは起こっていないそうです。
立候補者がいない時は「伴奏を録音したCDを流して対応」
一方、万が一、候補者が一人もいない場合には、伴奏を録音したCDを流して対応しているとのこと。実際、昨年はCDの伴奏を使ったクラスがありました。しかし、生徒からは「伴奏を基準にしてテンポやリズムを合わせなくてはいけないので歌いづらい」との声も上がったそうです。同様の理由で指揮もやりづらさを感じていたことが分かりました。
この学校では教員とともに生徒も合唱コンクールの審査員に加わります。伴奏は審査でどのように評価されているのでしょうか。
今年度の審査員を務めた生徒は「伴奏の良しあしは採点基準に入っていません。声量や各パートのバランスや全体的な仕上がりを見ています」とコメント。一方で「ピアノが上手な子が伴奏してくれるとやはりみんな安心して歌えるし、指揮もしやすいので、伴奏の完成度は結果に影響しているのかもしれません」と本音を明かしました。
評価ポイントには入っていないものの、全体の出来栄えには影響するとあって、伴奏者は気が抜けません。
あるクラスで伴奏を担当した生徒は「自分から立候補しているけど、やはり伴奏は緊張します。特に前奏、後奏は目立つし、失敗したら聴いている人の印象が変わるかもしれないと思うと絶対失敗できません。私は平気だけど、そのストレスに耐えられない子がいるのは納得できます」と話しました。
また、伴奏者の保護者は別の観点から、我が子の練習ぶりを見つめていました。
ある生徒の保護者は「わが子も立候補して伴奏をしていますが、部活や塾も忙しく、習い事のピアノですらなかなか練習できない日々です。さらに合唱コンクールの伴奏もやるとなると、時間のやりくりはとても大変。でも引き受けたからには中途半端にできなくて必死になっている様子を見ると少し心配にはなりますね。その頑張りを成績に反映してもらえたらありがたいですけど」と苦笑い。努力を何らかの形で評価してほしいと願うのも、親心と言えそうです。
今回取材した学校では、伴奏者は自ら立候補しており、そこには大きなやりがいや達成感があります。一方で、練習時間の確保や本番でのプレッシャーなど、伴奏者だからこそ背負う負担があることも見えてきました。
生徒にとって挑戦の場であり、得るものも多い合唱コンクールの伴奏。だからこそ、その意欲に頼るだけでなく、特定の生徒が過度な負担や重圧を背負わずにすむ環境づくりも必要なのかもしれません。
(真貝 友香)