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メーガン妃は有名になる星のもとに生まれてきた? セレブになる運命だったサインとは
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米ロサンゼルスに暮らす名もない一市民だった白人の父と黒人の母の元で生まれ育ったメーガン妃。芸能界を目指すと、2011年に人気テレビドラマのヒロインに抜擢。女優としての成功を収めたかと思えば、2016年に英王室王位継順位6位のヘンリー王子と運命的な出会いを果たし、そのハートを射止めて公爵夫人となった。そして“王室引退”後の現在では、世界的セレブリティとしての存在感をますます強め、将来の米大統領という呼び声も高い。そんな妃には幼い頃から大物になる兆候がしっかりと現れていたという。
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幼い頃から頭角を現す 才能にあふれた妃
昨年はネットフリックス、そしてスポティファイと超大型契約を結び、絵本を出せばベストセラー。そんなメーガン妃の偉大な現在に結び付く子ども時代の“サイン”を英大衆紙「ザ・サン」が特集した。
同紙はメーガン妃にゆかりのある2人の人物からの証言を紹介。まず、13歳の頃のボーイフレンド、ジョシュワ・シルバーステインさんは妃について「非常に明確なビジョン」があり「きらめくようなスターの資質」があったと主張した。そして、当時の校長は「学習することは非常に重要で、自分が信じることをきちんと主張できる子どもでした」と語り、ティーンエイジャーになりたての頃からクラスのリーダーとして弱い者のために立ち上がる、正義感の強い少女だったとしている。
それは12歳で性差別的な表現がある広告に抗議した件からも分かる。「女性の居場所は台所」。そんなスローガンを採用した洗剤の広告に子どもだった妃が抗議。当時の米大統領夫人だったヒラリー・クリントン氏に手紙を書いた。そしてこの広告中で使われていた“女性”という表現を“人々”に変更させた。この抗議は今もメーガン妃が誇りとしているという。
また妃の幼い頃から輝く才能は他にも。この春、子ども向け絵本「ザ・ベンチ」を出版し、ベストセラーとなったのは記憶に新しいが、実は妃にとってこれが最初の著作本ではなかった。妃は14歳の時に自分のそばかすについて本を書き、その出版権を保持しているという。
夫妻の伝記「Finding Freedom(自由を求めて)」共同著者オミッド・スコビー氏によると、その本のタイトルは「A face without freckles is a face without stars(そばかすのない顔は星のない顔)」。この言葉は、現在絶縁状態となっている父親トーマス・マークルさんが、顔にそばかすのある妃に対し、いつも言って聞かせていたものだという。
ハリウッドセレブや英王室への強い憧れが原動力?
メーガン妃の上昇志向は、華やかな世界への強い憧れも影響しているようだ。
同紙の情報筋によると、王室を引退してハリウッドに戻ったことは、妃にとって「理想的」だったという。それも妃が子どもの頃から常にハリウッド的なライフスタイルに憧れていたからだ。
この情報ソースは「(メーガン妃は)とにかくハリウッドに戻ってきたかったと思います。その思いが非常に強く、きっとハリー(ヘンリー王子の愛称)もそのメーガン妃の気持ちに簡単に押されたのでしょう」と語り、今の生活こそメーガン妃が幼い頃から望んだものだったと主張している。
その一方で、妃は子どもの頃から英王室の大ファンでもあるようだ。3月のロングインタビューでは英王室についてよく知らなかったと証言しているが、妃が英王室に“ご執心”だったのは有名な話。15歳でバッキンガム宮殿を訪れた際の記念写真はよく知られており、特にダイアナ元妃の大ファンだったという。
また子ども向けのお姫様映画「プリンセス・ブライド・ストーリー」も大好きで、妃の当時の友人は「とにかく飽きることなくダイアナ元妃のことばかり話していた」というくらい、10代のメーガン妃は英王室に夢中だったようだ。
(イギリス・森昌利/Masatoshi Mori)