Hint-Pot | ヒントポット ―くらしがきらめく ヒントのギフト―

海外ニュース

大学進学を小4で決断するドイツ “大卒なら企業の就職に有利”にならない社会とは

公開日:  /  更新日:

著者:中野 吉之伴

“大学進学=企業の就職に有利”ではない 求められる専門性のアピール

 現在はスマートフォン1つあれば世界のさまざまな情報が手に入る時代。ドイツでも「なりたい職業に就く可能性を少しでも膨らませるために、大学進学を目指した方がいい」と考える親は増えてきていると感じます。

 ただ、「誰でもどんな学部でも大学に進学した方がいい」というわけではありません。大学進学が企業への就職に有利になるかというと、それはまた別の話。前回のコラムでも解説しましたが、ドイツにおける大学とは「学術的な学びを深める場所」ですから。

 就職につながる形もあります。例えばスポーツ業界でいえば、プロスポーツクラブが大学のスポーツ学部などと提携。毎年、若干名の学生をインターンシップで募集し、実地研修を積んでもらうという活動をしているところもたくさんあります。

 とはいえ、実際にそこで就職のチャンスを掴めるかどうかは、本当に本人次第。どんな業種でも就職先からの条件として挙げられるのは、「どこの大学に通っていたか」ではなく「大学で何を専攻し、どんな成績を収めていたか」です。身につけた専門性をアピールする必要があります。

 ドイツでは、そもそも大学入学よりも卒業の方が圧倒的に難しい。そんな中、「なぜその学部でその分野を学ぶことを決意したのか」という問いへの答えを確立できないようでは、就職先から確かな評価をもらうのは難しいと言わざるを得ません。

 そのため、「ギムナジウム」(大学進学を前提とした中高一貫進学校)の卒業資格であり大学入学資格でもある「アビトゥア」に合格しても、すぐに大学へみんなが進学するわけではありません。

 ある人はしばらくバイトをしながら社会勉強をしたり、資格を取るための研修を受けたり、見聞を広めるために世界旅行や留学をしたり。そうやって、「自分は本当に大学へ行くべきかどうか」について、時間をかけながら決断するという人もかなりの数いると聞きます。

 つまり、小学4年生でギムナジウム進学を決断することによりその後のアビトゥア合格という目標へ必然的に進んでいきますが、それがイコール「大学進学」にはならないわけです。

自分に合った幸せの形を探る ドイツ社会にある価値観

 一部の企業や職種によっては「小学校の後にギムナジウムへ進学し、アビトゥアを取得して、大学で経営学やIT部門の専門知識を身につけて、好成績で卒業」という流れが必要になってきます。

 でも、それがなければどうにも生きていけないわけでもありません。大学に進学せずとも、それなりにキャリアアップを図ることは可能です。一般職の研修を受けて就職し、経験とともに専門知識を身につけていくといった方法もありますから。世界的な企業で役職に就けるかといったらさすがにそれは難しいでしょうが、それだけが人生を幸せに過ごす答えではないはずです。

 僕はドイツのアマチュアサッカークラブでプレーしたり、監督をしたりしたことがありますが、チームメイトで大学出の選手はほとんどいなかったと思います。大学進学まではしたけど、途中で企業研修を受けて、中途退学して就職という仲間も多かったです。みんな手に職があって、仕事と趣味と家族を大事に暮らしている素敵な仲間たち。

 この辺りに関してはドイツにスポーツを中心とした地域のコミュニティがあるのも大きいですね。「一流大学に進学し、一流企業に就職してこそ、充実した人生が送れる」というレールに向かっているだけではなく、それぞれが自分に合った形で幸せな生き方を探っていくというのが、ドイツ社会にはあるのかなと思います。

 次回はこうした背景がある中、「ドイツでは4年生の段階で子どもの進路をどのように決めているのか」についてお話しします。

(中野 吉之伴)

中野 吉之伴(なかの・きちのすけ)

ドイツサッカー協会公認A級ライセンスを保持する現役育成指導者。同国での指導歴は20年以上。「SCフライブルク」U-15(15歳以下)チームで研修を積み、さまざまな年代とカテゴリーで監督を務める。執筆では現場経験を生かした論理的分析を得意とし、特に育成・グラスルーツサッカーのスペシャリスト。著書に「世界王者ドイツの育成メソッドに学ぶ サッカー年代別トレーニングの教科書」(カンゼン刊)、「ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする 自主性・向上心・思いやりを育み、子どもが伸びるメソッド」(ナツメ社刊)がある。ウェブマガジン「フッスバルラボ」主筆・運営。