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仕事・人生

競馬場で突然「音が聞こえなくなった」女性 馬のために生きようと自力で拓いた牧場の今

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部・出口 夏奈子

愛馬の世話をする馬森牧場の菅野奈保美さん【写真提供:菅野奈保美】
愛馬の世話をする馬森牧場の菅野奈保美さん【写真提供:菅野奈保美】

 馬とは無縁だったにもかかわらず、千葉県南房総市に移住して自らの手で牧場を拓いた菅野奈保美さん。馬がどういう動物であるかを伝えるという使命感を抱き、馬への熱い思いを発信してきました。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットライトを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回は「馬森牧場」をオープンした菅野さんの後編として、馬と人間を取り持つことになった経緯やこれまでの苦労などについてお話を伺いました。

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リセットすることがまったく苦にならない性格が奏功

 千葉県南房総市の静かな場所に拓かれた馬森牧場。菅野奈保美さんは未開の地だったこの場所を自らの手で整備し、2012年に馬森牧場をプレオープンさせました。現在は4頭の馬と一緒に暮らしていますが、それまで馬を飼った経験もなければ、知識もなかったのだそう。牧場経営を始めたきっかけは「ビビッときた」という馬との出会いにさかのぼります。

「それまで(馬には)まったく興味がなかったですね。当時はインターネットで馬券(勝馬投票券)が買えるようになった最初の頃で、一緒に生活していたパートナーがいました。彼がいわゆるギャンブルの記者だったんです。それで『府中競馬場に取材に行くから一緒に行きませんか』と誘われて同行すると、そこには引退した競走馬が乗用馬として暮らしていました。

 それを見た瞬間、私の世界の中で時間が止まりました。音が聞こえなくなったんです。人生で生まれて初めて音が聞こえないという不思議な体験をして、直感で『私は馬のために生きるんだ』と感じたんです」

 そこからは「もう一直線だった」そうです。1年も経たないうちに、当時住んでいた神奈川県から馬に近づくために転居。引っ越すと決めてからわずか数日後でした。毎年購入していた風水カレンダーに力強く書かれていた指示に従い、引っ越し先は住んでいた場所から東に位置する千葉県。アクアラインを渡った最初の不動産店で物件を即決しました。

「実は計画書通りに行動したことがこれまで一度もありません」と笑う菅野さん。常にまずはやってみる。トライ&エラーのようにやってみてダメだったら、それをバネに伸びしろを作って次に大きくジャンプするという繰り返しだったそうです。

 その根底にあるのは、リセットすることがまったく苦にならない性格。「リセットをしたら、次は全部新しいじゃないですか。次に全部が新しいというのがすごく好きなんです」と目を輝かせます。

美しい自然の中でのびのびと生活している菅野さんの愛馬たち【写真提供:菅野奈保美】
美しい自然の中でのびのびと生活している菅野さんの愛馬たち【写真提供:菅野奈保美】

 それでも、2007年に土地の開拓を始めてからは、大変だったことがないわけではありません。

「いつになったらお客様を馬に乗せることができるんだろうと。開拓を始めてから4年目に、パートナーが病気で亡くなりました。その時、彼が背負っていてくれた分はすごく大きかったということに気づいたんです。

 開拓作業には一切手出しをしませんでしたが、ものすごく頭の良い人で、私のできないことを全部カバーして、分からないことを全部教えてくれて。『この人がいれば大丈夫』と思っていた安心感のような柱がなくなっちゃった。それがやっぱり一番大きかったかな」

 パートナーの死は菅野さんにとって、とても大きな出来事でした。菅野さんはお話を伺っている途中、少し重たくなった空気を変えるように、大変だったこととして「後は今の更年期です(笑)」と付け加えて笑いを誘いました。そんな風に、精神的な支柱を失った悲しみと1人での作業にもくじけることもなく、2012年に馬森牧場をプレオープンさせたのです。