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高齢者に生死の選択権…衝撃作『PLAN 75』 倍賞千恵子が80歳で問う「死とは何か?」
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客観的に作品を受け止め、生命力をみなぎらせた倍賞
それにしても今年81歳になる倍賞、ミチを演じることにさぞ複雑な思いがあったのではないかと心配になる。しかし、記者会見での姿をお見受けする限り、倍賞は作品が描き出すダークサイドに引っ張られることなく、客観的にこの作品を受け止め、生命力をみなぎらせているよう。安心した。
だがミチ役へのオファーを受けた当時は偶然、「生きることとは? 死ぬこととは? と考えていた時期だった」と倍賞は言う。「死とは何か?」。それを近所の寺の住職に聞くと、こう教えてくれたのだそう。「死とは生きること。生きるとは死ぬ時までどう過ごすかということ」なのだと。そして、本作の台本を読んだ時、ミチも同じように死と生について考えている人なのではないかと思い至り、「引き受けた」。
ミチの心は追い詰められ、疲弊していくように見える。でも暮らしぶりは丁寧だ。きれいにまとめられた髪、家で食べた寿司桶をきれいに洗って返す習慣、室内で育つ鉢植え、一つひとつハンガーにかけて干された洗濯物、長年使っているだろう急須。彼女の日常は、命あるものを、日々を慈しむ気持ちに満ちているように感じた。
2回結婚をしたというエピソードから、人生はそこそこ“ドラマチック”だったと推測される。しかし結婚が破綻した時も、何か絶望的な気持ちになった時も、自暴自棄になることはなかったのではないか。周りに慈しんでいる何かがある限り、その丁寧な暮らしぶりからミチはそれらを自分から放棄しようとは思わないだろうと感じた。
重いテーマの作品をチャーミングにする倍賞のふくよかさ
ミチは友人たちとの会で心もとない感じで「林檎の樹の下で」を歌う。1905年に米国で発表されたヒットソングで、日本ではディック・ミネの歌で流行した。米国版は林檎の木の下で眠る今は亡き恋人を思う切ない歌詞だが、日本版の歌詞は明日も黄昏時に林檎の木の下で会うことを約束する、恋の歌になっている。
歌手でもある倍賞は、監督から「下手に歌ってほしい」と要求され、苦心したという。でもこれを歌う倍賞の素朴な声はとてもいい。まるでミチの気持ちが歌に託されているかのようで、胸を打つ。
1992年にはおおたか静流がカバーしており、早川監督は大好きな歌だというが、倍賞はこの映画で認識を新たにしたようだ。今月行われる「倍賞千恵子バースデイコンサート with 小六禮次郎 2022」で歌おうと思うほど気に入ったという。『PLAN 75』への出演を、“ちゃっかり”次の仕事へとプラスに繋げているのが微笑ましくも素敵だ。
重いテーマの作品にもかかわらず、映画がチャーミングなのは主演が倍賞だからだろう。そして、きちんと物語を語りながらチャーミングさをも感じさせる。そんなふくよかさの源こそ、彼女が長い俳優人生の中で培ってきたものなのだと思う。
倍賞が、ミチが幸せそうに笑う姿をもう一度観たい。そう思わせる作品。また高齢化問題を扱う映画であるのに、むしろこういう歳の取り方ができたらいいなと思わせる。歳を重ねることを肯定し、また考えさせる映画になっている。
『PLAN 75』6月17日より新宿ピカデリーほか全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ (c)2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee
(関口 裕子)