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難読地名にも見られる「サイカチ」の由来 昔の重要職務との密接な関係とは
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教えてくれた人:日本地名研究所
「サイカチ」という植物をご存じでしょうか。本州から九州にかけて分布するマメ科の落葉樹で、秋になると成熟する豆果の種子は利尿や痰を切る漢方薬として、またサヤから出る泡は石鹸代わりに使われたとあって、昔は重宝されたようです。40年以上も地名研究を続けている日本地名研究所(神奈川県川崎市)の協力のもと、地名の由来を深掘りする「Hint-Pot 地名探検隊」は今回、サイカチの名前がついた地名をクローズアップ。意外な仕事と結びついていたようですが、どんな歴史があるのでしょう。
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さまざまな効能を持つ豆果が実るサイカチの木は周辺の大きな目印
サイカチは豆果がさまざまな効用を持つことから、昔はよく武家屋敷内に副収入のために植えられていたそうです。それだけに、サイカチの木が多く植えられていた場所は「サイカチ」の名が付く地名の由来になっています。
これは以前、当連載の「六本木」に関する記事の中でお話しした“ランドマーク”的な存在に近いものがあります。生活の中に溶け込み、目立つ高木であるところから地名になりやすかったのでしょう。サイカチは「槐」や「皀」などとも書かれ、難読地名の上位に挙げられる東京都千代田区神田駿河台の皀角坂(サイカチザカ)もそうした由来があるようです。
日本地名研究所の創設者である谷川健一氏が著書の中で「サイカチ地名と鷹匠の関係に触れて、鷹匠に関係する地名の近くにサイカチ地名がある」と指摘しています。鷹狩を目的に設定された鷹場の村々からサイカチの豆果を収納するのは、鷹匠の仕事であったというのがその根拠です。鷹場があった村はさまざまな上納が義務付けられており、その中に洗剤としてのサイカチも含まれていたそう。サイカチの豆果は馬を洗うために用いられていました。
東京都板橋区周辺は御鷹野として重視された土地で、同区の西台には「槐戸(サイカチド)」の字(あざ)名があります。板橋区の史料にある文政12年の「馬御用サイカチ実上納」で、上赤塚村・下赤塚村・徳丸村・西台村がサイカチを上納している記録があります。
また、サイカチの木の幹には鋭いトゲがあり、その樹液を吸いにカブトムシがやってきたことから、カブトムシを「サイカチムシ」という別名で呼んでいた地域もあります。埼玉県草加市旭町には槐戸橋(サイカチバシ)があり、欄干の親柱にはカブトムシのモニュメントが彫刻されています。この地域の旧村名は「槐戸村」。草加市八幡町には槐戸八幡神社があります。
サイカチには「西海子」という古名も。現在の神奈川県小田原市にあった城下町の町名には「西海子町」がありました。この地名もやはり小禄の武家屋敷の庭にサイカチの木が多く植えられていたそうです。しかし、この地ではサイカチがなぜ「西海子」という表記なのか。サイカチと読む「西海土」「西海地」は最果ての海や西方浄土のことを指します。日本地名研究所では神奈川県平塚市岡崎の西海子も、小田原市の西海子も、草加市の槐戸も実は村境にあったことを現地で確認しています。
サイカチの地名がつく場所が、集落の外れにあることが多かったのは、横浜市歴史博物館(神奈川県横浜市都筑区)の一角にある大塚・歳勝土遺跡公園からも分かります。この遺跡は居住域と祭祀場跡が区別されて位置付けられていることに特徴があります。歳勝土(サイカチド)は村境にあり、外部からの忌むものを拒み、死者に対しては清めはらう場所を意味します。サイカチの木という目印のような植物から名付けられた地名は、決して中心地にあったわけではないのです。
(Hint-Pot編集部)