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タワマン住人、やめました 災害を機に引っ越した40代女性の葛藤と選択

公開日:  /  更新日:

著者:和栗 恵

教えてくれた人:姉帯 裕樹

地震でエレベーターはストップ 同階の高齢夫婦に声をかけると…

「さ、頑張って部屋まで階段を上るぞ! って思って、マンションの入り口で少し体を休めていました。その時に、同じ階に住む高齢夫婦から声をかけられたんです」

 すごい地震でしたね、スーパーは臨時閉店になっていましたよ――など。そんな他愛もない会話を交わしていると、その高齢夫婦が思わぬことを言い出しました。

「その食料を、少し融通してくれませんか?」

 地震の影響がどこまで広がるか、その時にはまだ何も分かっていなかった紗香さんは、高齢の方が困っているのなら……と、購入してきた食料の3分の1ほどをご夫婦に渡しました。しかし、高齢夫婦の要求はそれだけにとどまりません。

「申し訳ないけれど、その食糧を持って階段を上ることができないので、上まで持って行ってほしい。足が悪い妻のサポートもしながら階段を上ってほしい――そんなことをご主人に言われ、正直戸惑いもありました。でも、足をさするおばあちゃんを前に『嫌』と言える状況じゃなかったので……」

 困った時はお互い様だと気を取り直した紗香さん。出した食料を再びリュックに戻し、女性の手を引き、引っ張り上げるようにしながら階段を上ることにしました。小型とはいえ食料が入った重たいリュックを背負い、さらに他人の体重を支え、何度も何度も休憩しながらようやく部屋がある階まで上がった時には、全身汗だくに。すでに1時間以上が経過していたといいます。

「娘が心配で早く部屋に戻りたかったので、かなりやきもきしていて……。非常階段のドアを開けて廊下に入った瞬間に『すみません、急いでいますので!』って挨拶もそこそこに、ダッシュで部屋に戻りました」

 その日は電車が動かなかったため、配偶者さんは会社に泊まることに。風邪で体調が優れない娘さんと2人、手をつなぎながら余震に怯える夜を過ごしました。翌日もどうすればいいか分からないまま、娘さんの部屋でおしゃべりをしながら気を紛らわせて、配偶者さんの帰りを待っていたそうです。

 家のインターホンが鳴りました。

「午後3時過ぎだったでしょうか。インターホンが鳴ったので夫が帰ってきたのかと思って玄関に行くと、昨日の老夫婦が立っていました。そういえば昨日分けた食料のお金をもらってなかったので『その返金かな?』と思って玄関を開けたんです」

翌日にやってきた高齢夫婦 新たな「要望」に困惑

 再び現れた高齢夫婦が紗香さんに語ったのは、昨日のお礼でも返金でもなく、新たな「要望」でした。

「昨日もらった食料だけじゃ足りるか不安なので、これから買い物に行って、ここにメモしたものを買ってきてほしい――そのようなことを言われ、細かくたくさんの品名を書き入れたメモ紙を渡してきました」

 さすがに唖然としてしまったという紗香さん。娘さんが熱を出して寝ている上、会社に泊まった夫がいつ帰ってくるかも分からない状況。いつ余震があるかも分からないし、娘さんを残して出かけることはできない。自分たちのことでいっぱいいっぱいだと、葛藤しつつも断ることにしました。

「やんわりとお断りしたつもりではいたんです。食料に関しても、昨日お渡ししているものもありますし」

 お金もいただいていないこと、新たに買い物に行くことが難しい自分の状況などを説明して断ったところ、高齢夫婦の男性が怒りをあらわにして「助け合いの精神はないのか! 高齢者を敬う気持ちがないのか!」と声を荒らげてきたといいます。

 その後もいろいろと言ってきたそうですが、紗香さんが黙っていると諦めたのか、ご夫婦は帰っていったそうです。

「すごく気分が落ち込みました。確かに『非常時だから助け合いを』とは思いますが、うちも娘の体調や夫の帰りがまだだったので、そういう状況ではないわけです。確かに足腰が弱っていたら、上層からの階段の上り下りはつらいとは思いますけど。そこで、自分の将来と照らし合わせて、高齢になったら高層階に住まない方がいいのでは? と思うようになりました」

 震災から1年を待たずして、紗香さん家族はタワマンからの引っ越しを決意。新しい住居は内陸部の低層住宅です。「たとえエレベーターが止まっても、余裕で上れる高さの部屋に住んでいます。夜景は見えないし、海も見えないけど、住んでいて安心できます!」と笑顔を見せてくれました。