カルチャー
監督たちが満島ひかりを評価する理由 『TANG タング』に見る“理想的な役者”の姿
公開日: / 更新日:
男女7人組ユニット「Folder」の「HIKARI」としてデビューし、「Folder5」を経て演技の道に入った満島ひかりさん。現在は演技派としてドラマや映画、舞台などで活躍しています。そんな満島さんの映画出演最新作は、ロボットが登場するSFファンタジー『TANG タング』。多くのシーンではロボットがVFXのため、撮影時は“ロボットがそこにいる”という想定で、夫役の二宮和也さんとリアルな演技を披露しました。そんな満島さんはこれまで、作家性の強い監督たちとのタッグが多数。その理由には、満島さんが“理想的な役者”であるという事実が存在しているようです。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。
◇ ◇ ◇
「断られたらどうしようというくらいでした」と監督が言うほどの信頼度
近未来の日本を舞台にした映画『TANG タング』での満島ひかりは、そこに存在しないものに対して感情を揺さぶらせたり、リアクションしたりしなければならないという難しい役に挑戦していた。
『TANG タング』は、ある出来事をきっかけに医師の仕事を辞め、何も決めることができなくなってしまった男・春日井健(二宮和也)が、迷い込んできたポンコツで小さなロボット・タングと旅をすることで自信を取り戻していくSFファンタジーだ。
満島が演じたのは、健の妻・絵美。絵美は仕事も家事もせず自宅に引きこもる健を守り、元気付けてきた。だが、自分とは向き合おうとしない健が、タングとは旅すると“決めた”ことでケンカをし、決裂してしまう。
この映画の撮影に、旧型のロボットのタングは4通り存在する。造形チームが作り上げた物理的に存在するものは3体。細部まで作り込んだ等身大のタング、大きさは同じだが簡易なもの(撮影にはこれを使う)、腕などパーツだけのものだ。
もう一つはVFXチームが作り出したもの。こちらのタングは俳優と演技をする。でも実際の撮影現場には存在しない。グリーンバック前での俳優の演技と、タング、背景などが映像上で合成されて初めて命が吹き込まれる。俳優は事前にどんなシーンになるかを見るものの、そこにいない相手と演技をすることになるのだ。
夫婦である絵美と健は、家にやってきたタングを挟んで、さまざまな感情をぶつけ合う。撮影時、そこにタングというロボットはいないが、2人の俳優の感情は生々しくリアルだ。
「健と絵美は最初から二宮さんと満島さんしか考えていなくて、断られたらどうしようというくらいでした」と三木監督が言うほどの信頼度。「いろいろな世代の人に観て楽しんでもらえる映画を目指したわけですが、夫婦の問題も入ってくる。そこはお芝居のクオリティが重視されるポイントです。演じてもらうのは、華やかさがありつつ、ライトな部分とシリアスな部分を同時に表現できる俳優さんでなければならなかった」と。
作家性の強い監督たちからのオファーが続々
満島の芸能界でのスタートは歌手だった。7人組ユニット「Folder」として1997年に歌手デビュー。「Folder5」とユニット名と人数が変更され、ヒットを出した後はソロ活動に入り、俳優デビューした。
2009年に公開された『愛のむきだし』はターニングポイントとなった。同作品では「閉じていた心を思いっきり解放できた」と振り返っているが、どん底まで自分を落とし、そこをスタートラインとする、それは厳しい撮影だったようだ。その撮影を振り返り、「解放できた」と言える強さは、24歳ながらすでにベテラン俳優の貫禄を感じさせた。
満島は、同年に公開された『愛のむきだし』、『プライド』、『クヒオ大佐』で助演女優賞、新人女優賞などを受賞した。
以後、満島は、石井裕也、阪本順治、熊切和嘉、原田眞人ら作家性の強い監督たちからのオファーが続く。どの監督も当然のように彼女に難しい役を託す。特に印象的だったのは、越川道夫監督が作家の島尾敏雄・ミホ夫妻を描いた『海辺の生と死』(2017)と、さまざまな演出家が競作で描くNHKの「江戸川乱歩短編集」シリーズだ。
だが満島はその難しさを逆手に取り、作家が描く小説の世界観を明解に表現しながら、そのカラーに埋没することなく俳優としての自身の存在も際立たせた。
インタビューでは、「自分の中に潜んでいる他人を体現できるこの仕事が好きだ」と語っている。だが演じることはそんなたやすいものではない。“むき出し”になることを恐れないメンタルと、そのメンタルを自分で調整できる強さがなければ難しい。