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“ホームレス”女性をめぐる『夜明けまでバス停で』 大西礼芳が体現する“観客の”変化

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

店長の寺島千晴を演じる大西礼芳さん(c)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
店長の寺島千晴を演じる大西礼芳さん(c)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会

 大学在学中、演技の世界に足を踏み入れた大西礼芳(あやか)さん。以後は多数の映画やドラマ、舞台などでキャリアを重ね、近頃もフジテレビの月9ドラマ「競争の番人」やムロツヨシ監督に出演を熱望された短編映画『バイバイ』、11月下旬に開幕する佐々木蔵之介さん主演の舞台「守銭奴 ザ・マネー・クレイジー」など引く手数多です。そんな大西さんの映画出演最新作は、幡ヶ谷バス停事件をモチーフにした『夜明けまでバス停で』。大西さんを近年のミューズとする高橋伴明監督とタッグを組んだ本作では、大西さんが多くのクリエイターたちに注目される理由を感じることができるそう。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。

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コロナの影響で解雇され、バス停で寝泊まりするようになった女性

 J-POPの新進ボーイズグループが歌う「チグハグ」という曲のワンフレーズが耳に残った。とてもポップな曲にのせて、かわいらしく“空気を読んで自分を隠した”ことを歌うその歌詞に、「今のアイドルの歌ってこんなに繊細なのか!」と驚いたからだ。日本の未来を高らかに礼賛できた時代から遠く、遠く離れてしまった。そんな風に感じた。

 ここで歌われる“空気を読む”は、その場を仕切る考え方に同調するというもの。その後、嫌なことは嫌と言っていいのだと気づき、好きなことにはとことん突き進もうと前向きな結論に至るので少しホッとする。

 空気を読む歌詞に敏感だったのは、高橋伴明監督、板谷由夏主演の『夜明けまでバス停で』を観たすぐ後にこの歌を聴いたからかもしれない。同作は、住み込みアルバイトとして働いていた居酒屋チェーンをコロナの影響で解雇され、バス停で寝泊まりするようになった女性・北林三知子(板谷)らの物語。モチーフになったのは、2020年に東京都渋谷区で発生した幡ヶ谷バス停事件だ。

 三知子の同僚は、20年前にフィリピンから来日し、現在1人で3人の孫を育てているマリア(ルビー・モレノ)、解雇で仕方なく農家を営む実家に戻った純子(片岡礼子)、1人だけ解雇を免れた若くキュートな美香(土居志央梨)。それぞれ個性的だ。

 そんな彼女たちにLINE一本で解雇を告げたのは、パワハラマネージャーの大河原(三浦貴大)。次期社長を噂されるが責任感はなく、彼女らを自分の出世の駒としか考えていない。だから再就職の難しそうな中年女性や外国人を早々に解雇しても、胸が痛む様子はない。

大西礼芳の演じる“店長”には観客の視点を示す役割が

 実質的に店を切り盛りしているのは店長の寺島千晴(大西礼芳)だ。三知子やマリア、純子より一回り以上年下であるが、彼女らの上司であり、社員である。

大河原(三浦貴大)と千晴(大西礼芳)(c)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
大河原(三浦貴大)と千晴(大西礼芳)(c)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会

 現代社会の縮図のようなこの居酒屋。千晴は、圧倒的な支配者である大河原に何かと忖度してしまう。大河原の伝票詐称に気づいた三知子に、千晴は「こういうのは気づかないふりをするのがいいのかなと思うのですが」と“空気を読む”よう促す。一方で、アクセサリー作家であるがそれだけでは食べていけない三知子の作品に感動し、「なぜうちの店なんかで働いているんですか? プロになればいいのに」と“空気の読めない”発言をする。

 たぶん千晴はそんな自分を持て余しているのだろう。でもどうすることが正解なのか分からずにいる。緊急事態宣言下で家と職を失った三知子を心配するが、これまでの関係性からか三知子は千晴の電話に出ない。公的機関にも、身内にも頼れない三知子は、路上暮らしを余儀なくされる。

 千晴は、観客の視点を想定して描かれているのだろう。だから千晴が忖度する姿には胸が痛むし、三知子との接点を求めてかつて彼女が個展を開いていた店を訪ねるのには少しだけ救われる。