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“ホームレス”女性をめぐる『夜明けまでバス停で』 大西礼芳が体現する“観客の”変化

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

俳優になる強い意志がなかった大西 高橋監督作で意識が変化

 そんな千晴を演じるのは、大西礼芳。京都造形芸術大学(現京都芸術大学)映画学科俳優コースの1回生だった時に、教授であった高橋伴明監督の手がけた映画学科のプロジェクト作品『MADE IN JAPAN ~こらッ!~』(2011)で主演デビューしている。

 プロジェクトは「北白川派映画芸術運動」と呼ばれ、2009年より映画学科が産学連携で取り組んできたもの。木村威夫監督『黄金花 秘すれば花、死すれば蝶』(2008)、林海象監督『彌勒 MIROKU』(2013)、鈴木卓爾監督『嵐電』(2019)を含む8作品が作られ、多くの俳優やスタッフを輩出している。居酒屋の若手バイト・美香を演じる土居志央梨も同校の卒業生だ。

 大西は元々映画に関わる仕事がしたいと映画学科に入学。当初は俳優になりたいという強い意志はなかった。意識が変わったのは、本作同様、高橋監督作品である『MADE IN JAPAN ~こらッ!~』への出演によって。数か月に及ぶオーディションでメンタルを削られながらも突破できたことが大きかったという。

 近年は、テレビの連続ドラマでも活躍する。養護教諭を演じた「俺のスカート、どこ行った?」(2019・日本テレビ系)、主人公(坂口健太郎)を大学時代から憎からずと思っている検事を演じた「競争の番人」(2022・フジテレビ系)は、ナチュラルな存在感を見せた。「芝居だけに取り組むのではなく、たくさんの経験から自分の見識を広げていきたい」という柔軟さが、彼女の“演技”を豊かなものにしているのだろう。

“観客の”変化を体現する役どころで高橋監督作品の妙味を増幅

『夜明けまでバス停で』では、圧倒的権力におもねり続けてきた千晴が、徐々に変化していく姿を見ることができる。力を持つ者の機嫌を損ねたとしても、自分の意見をきちんと言う。

店長の寺島千晴を演じる大西礼芳さん(c)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会
店長の寺島千晴を演じる大西礼芳さん(c)2022「夜明けまでバス停で」製作委員会

 千晴が、解雇後の三知子を気遣うように変化するきっかけははっきりとは描かれない。ただ三知子は何度か困惑し、身動きできなくなった千晴に手を貸す。その積み重ねがスロースターターな千晴に「この人は信じられる」と思わせ、「役に立ちたい」と不器用な形ではあるが行動に移させたのだろう。何もかも失ったと思っている三知子は、実は失ってなどいなかった。自分が何気なく差し伸べた手は、自分にも差し出されていたのだ。

 その時間だけで切り取ってしまえば、バス停で寝ている女性はいわゆる“ホームレス”と呼ばれる存在であるかもしれない。ただ人には一人ずつ異なる事情があり、よんどころなく“そこ”に行きついてしまうことがある。それをあしざまに“ホームレス”と呼び、社会から弾いてしまうのは違うのではないか。

 千晴の変化は、私たち“観客の”変化だ。そして、力を蓄えていく彼女を見ることで我々はパワーももらう。大西は最初に一切躊躇せず、我々に居心地の悪さを味わわせる。だからこそ、我々は最後に振れ幅の大きな変化を堪能できるのだ。

 このストーリーラインは高橋監督の作品の妙味でもあるが、監督の近作のミューズでもある大西の存在も大きいのだと確信した。

『夜明けまでバス停で』2022年10月8日(土)より新宿 K’s Cinema、池袋シネマ・ロサ他全国順次公開 配給:渋谷プロダクション

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。