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絶対的センターが“真ん中の軸”に 俳優・前田敦子は『もっと超越した所へ。』向かう
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多忙なアイドル時代から深く映画をとらえていった前田
前田は、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(2011)、『マスカレード・ホテル』(2019)、『コンフィデンスマンJP ロマンス編』(2019)、『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(2020)などコマーシャルな映画にも出演している。
だが、彼女がより輝いて見えるのは、『Seventh Code』(2014)、『散歩する侵略者』(2017)、『旅のおわり世界のはじまり』(2019)などの黒沢清監督、『クロユリ団地』(2013)の中田英雄監督など世界で活躍する監督や、『苦役列車』(2012)、『もらとりあむタマ子』(2013)の山下敦弘監督、『さよなら歌舞伎町』(2014)の廣木隆一監督、『モヒカン故郷に帰る』(2016)の沖田修一監督、『武曲 MUKOKU』(2017)の熊切和義監督、『葬式の名人』(2019)の樋口尚文監督ら“鬼才”の作品であるように思う。
前田は、ただオファーされた作品を演じるのではなく、「こういう作品を演じたい」という能動的な思いを持ち、その仕事を知るための作業をとことん行った上で出演しているのだと感じさせる。
2012年8月にAKB48を卒業。その4か月後には名画座だった「銀座シネパトス」で、一観客として岡本喜八特集から『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971)、『ブルークリスマス』(1978)を鑑賞している。アイドルとして活躍していた時から、仕事をした監督たちから観るべき作品を聞き出していたのだという。
若尾文子が好きだといい、トム・フーパーやブライアン・シンガーと監督名で作品を観る映画ファン。20代前半、アイドルとしての仕事がめちゃくちゃ忙しい中で、これほど深く映画の核心をとらえていったのは、彼女が“本物”だからなのだと思う。
前田はアイドルの仕事を、「時間もないし、立ち止まれない。始まったら勢いで終わりまでやり切らなければいけない」ものだと定義する。そんな風に時間がないからこそ、必要なものを選び取る判断力が鍛えられていったのかもしれない。
映画とは称え合いながら作るもの…前田が導く“超越した所”とは
前田の演技を、多くの演出家が絶賛する。「小芝居がない」と言うのは樋口監督。「だから周りを巻き込み、作品の中に“場”を作る」のだと。黒沢監督は「映画に選ばれた才能」を持つと言う。
『もっと超越した所へ。』の山岸監督は「前田敦子さんのパワーがすごくて面白かった」ので「いかに対等に張り合えるかというところで、菊池風磨さんには底を上げてもらいました」と語る。すべての監督の前田観に共通するのは、真ん中の軸に前田を据えることで、全体的な世界観をぶれさせることなく調整し、演出することができたということか。
そんな『もっと超越した所へ。』は最後まで着地点が見えない作品だ。でも着地点について説明しないことが、観る方の幸せを担保するのだと言い切ることができる。もちろん幸せへと誘導するのは前田だ。
前田にとって映画とは「お互いが持っていないものを“いいね”と素直に言い合える場」なのだという。彼女は、映画とは称え合いながら作るものだと認識している。そこからにじみ出る幸福なイメージ。この映画のラストには、それが凝縮されているように思う。前田が導く“超越した所”は、映画を観て確認していただきたい。
『もっと超越した所へ。』TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー公開中 配給:ハピネットファントム・スタジオ (c)2022『もっと超越した所へ。』製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。