仕事・人生
車いす生活から演劇界の異才へ 根本宗子さんが駆け抜けた日々 当面の新たな目標とは
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19歳で劇団「月刊『根本宗子』」を旗揚げし、現在は劇作家と演出家、脚本家などとして活躍する根本宗子さん。10月には「今、出来る、精一杯。」(小学館刊)で小説家デビューも果たしました。32歳ながら新進気鋭を体現しているように見える現在は、まさに順風満帆。しかし、過去には6年間の車いす生活を経験しています。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットライトを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回の後編では、演劇の世界で本格的に活動を始めた19歳から、劇作家として不動の人気を築いた現在までの過程に迫ります。
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車いす生活の6年間で700本ほどの舞台を鑑賞 19歳で劇団を旗揚げ
中学1年生の時に体育祭のリレーで転倒し、股関節を複雑骨折。それが原因で、外傷性大腿骨頭(だいたいこっとう)壊死症という難しい病気に襲われた根本宗子さん。中高時代の6年間は車いす生活が続き、夢中になっていたスキーフリースタイル・モーグル競技も断念せざるを得なくなりました。
そこで、代わってめぐり合ったのが演劇です。中学1年生で劇団「大人計画」の「ニンゲン御破産」を鑑賞したことから、たちまち演劇の虜になりました。19歳だった2009年に劇団「月刊『根本宗子』」を旗揚げし、本格的な演劇活動をスタートさせます。
32歳にして数々の成功を収めた現在の根本さんを見ると、スピード出世を果たしたという印象を抱きそうですが、実際は違うようです。
「そもそも19歳で劇団を立ち上げる人がほとんどいないだけで、私だけが短期間のうちに成功したとは思っていません。演劇の劇作家デビューが早かったというだけなんですよ。初めの3年くらいは、20人くらいしか入らない小さな会場でも満員にならず、毎回赤字(収支)でした。これからどうやって続けていこうかな、という苦しい時期も経験しています」
演劇に関わる役者たちには、アルバイトで生計を立てながら、大好きな演劇に心血を注ぐ人が大勢います。演劇に携わる時間より、アルバイトをする時間の方が長くなるもの。根本さんは、休まず演劇を続けていれば、アルバイトをしなくて済むのではと考えました。