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朝ドラヒロインからさらに飛躍する清原果耶 『線は、僕を描く』で見せる“縦横無尽”さ

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

20歳になった清原果耶が見せる縦横無尽な柔軟さ

 千瑛を演じたのは今年20歳になった清原果耶。彼女は、千瑛の焦りや揺らぎを、時に空気を味方につけながら、とても柔軟にそれらを表現した。

 画紙に対峙すべく下を向いた時、はらりと額にかかる髪。筆を持つ手と紙との距離。それらが作り出す空間に、孤独とそれを制圧しようとする気迫を感じさせる。同時に霜介の筆に添える手や、祖父のアトリエを眺める目で、水墨画への愛を伝えた。

(c)砥上裕將/講談社 (c)2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
(c)砥上裕將/講談社 (c)2022映画「線は、僕を描く」製作委員会

 清原が、2021年公開の『夏への扉―キミのいる未来へ―』『護られなかった者たちへ』で演じたのは子どもの頑なさこそが似合う役だった。だが、この作品での彼女は縦横無尽。物語が進もうとする方向に合わせ、表現を変える柔軟さを身に着けていた。

 本人がかつては「頑固だった」と語っているように、以前はもっと硬質な感じがあった。彼女の変化の要因には、朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』(2021・NHK)他多くのドラマへの主演で得た経験値があるのかもしれない。ともあれ、この作品のインタビューで「基本的にはうまくやれない人間」なのだと飾らず話す姿に、大きな成長を感じたのだ。

 水墨画の画壇を背負って立つ千瑛を演じるために、清原は水墨画家の小林東雲の指導を受けた。たった1か月の練習であの身のこなしを体得したとは素晴らしい。

 ただ教えを受ける中で、清原が得た一番は「水墨画に失敗はない。すべてが個性」という小林先生の言葉だったようだ。すなわちそれは「固定観念にとらわれない」こと。そう受け取った。このことこそ、清原が千瑛を演じる上で重要な手がかりになったのではないか。

出会いとは人を想像もしないところに連れて行く大切なもの

 これは霜介の再生と成長の物語であると同時に、努力で才能を勝ち取ったアーティストが、さらに大きくなるとはどういうことなのかを示してくれる作品でもある。この作品との出会いにより、清原自身も大きな成長を遂げた。出会いとは、人を想像もしないところに連れて行ってくれる大切なものなのだと感じた。

 この作品は私にも出会いをもたらしてくれた。それは小説家の外村繁邸の内部だ。湖山のアトリエとして撮影が行われた外村繁邸は、江戸から明治にかけて近江の大商人を多く輩出した五個荘にある。かつて近江に惹かれた司馬遼太郎がこの辺りを歩き、当時、一般に開放されていなかった外村邸門にその表札を見つけ、狂喜した場所だ。

 数寄屋普請の大邸宅が並ぶこの地を、私もいつか訪ねてみたいと思っていたが、こんな形で拝見できるとは! 第1回芥川龍之介賞候補となった外村の小説「草筏」の冒頭は、このロケ地の庭の描写から始まる。春の夕陽が射しこむその庭を6歳の主人公・晋少年が駆けていく場面だ。

 文字で想像していた外村邸が、映像となってスクリーンいっぱいに広がった時の感慨たるや! 映画との出会いもこうやって思いもよらない奇跡をもたらしてくれる。

『線は、僕を描く』全国東宝系にてロードショー公開中 (c)砥上裕將/講談社 (c)2022映画「線は、僕を描く」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。