カルチャー
『土を喰らう十二ヵ月』沢田研二の恋人役 松たか子に作用する歌舞伎の家で学んだこと
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90年代後半、フジテレビの月9ドラマで注目された松たか子さん。共演した木村拓哉さんの存在感を際立たせながらも、決して“引き立て役”ではない立ち位置は、絶妙なコンビネーションの大きな要因でした。その後は硬軟取り混ぜたドラマや映画、舞台で活躍。大ヒットアニメ映画『アナと雪の女王』シリーズなどでは、声優としても高い評価を得ています。45歳を迎えた現在まで変わらないのは、どの作品も巧みに“馴染む”という部分かもしれません。映画ジャーナリストの関口裕子さんは、主演作とサポート的な役に同じ力量を注ぐ姿勢に、生まれ育ちが作用しているのではないかと語ります。映画出演最新作『土を喰らう十二ヵ月』を通じて、じっくりと解説していただきました。
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老作家の元に通う担当編集者 1年半をかけて撮影
編集者というのは不思議な職業だ。さまざまな著作物に見識を持ち、常にそれらを凌駕する企画を考えながら、時にサービス業者と客のように作家と対峙し、アゲたり、オイコンダりしながら、原稿を作っていく。
何しろ相手は意志ある人間。なので思い通りにいくはずがない。そして自分も人間なので、それが仕事だとしても必ずしも寄り添えるわけではない。でも作家の傍らには必ず編集者という存在がいる。時にリードし、時に支えながら、作家と二人三脚で本を作り上げていった名編集者たちは、いったいどのように相手、そして自分の心を鍛え上げていったのだろうか。
中江裕司監督、沢田研二主演、松たか子共演の映画『土を喰らう十二ヵ月』は、そんな編集者と作家の物語だ。「雁の寺」(文春文庫刊)や「飢餓海峡」(新潮文庫刊)の作家・水上勉が、1978年に著した料理エッセイ「土を喰う日々: わが精進十二ヵ月」(新潮文庫刊) 「土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月」(文化出版局刊)に着想を得た中江監督が脚本を書き、1年半の撮影期間を設けて四季を写し取り、映画化した。
沢田が演じる作家の名前はツトム。長野県北御牧村(現在の東御市)にある勘六山の別荘で執筆活動をしていた晩年の水上がモデルとなっているのだろう。雪の多い地域という設定ゆえか、ツトムが執筆する部屋に窓は1つだけ。その大きな窓がまるで絵画のように北アルプスの山々を切り取り、薄暗い室内に浮かび上がらせる。
沢田はこの映画に、肉体的、精神的な余分を削り落として臨んだようだ。ツトムが原稿に臨む姿は、絵のような北アルプスの背景も相まって美しい。ではあるが、原稿はなかなか捗らない。そんな老作家の元に通うのが担当編集者である真知子。演じるのは松たか子だ。
山深いツトムのところに日帰りで原稿を取りに行くのは難しい。雪が降る時期は特に。ツトムの担当編集者であり、恋人である真知子はもちろん泊まるつもりでツトムの家を訪れる。
沢田と松が演じるカップル 互いを思うがゆえに揺れる2人
「日本酒でいいか?」「うん、熱燗」。そんなやり取りをしながら、真知子は体温を取り戻そうといろりに当たり、ツトムはせっせと小芋を洗い、白菜の漬物を切り、酒の支度を整える。その後、炭火であぶった小芋をツマミに、2人が飲む熱燗のおいしそうなこと。
小芋を頬張った真知子が「この香り、いいわあ。土? 土の香りなのね」とつぶやく。これはもてなしに対する社交辞令などではなく、思わず漏れてしまった真知子の心からの言葉。このやり取りだけで、2人の関係性、そしてここでの生活を大いに楽しんでいることが伝わってくる。
ツトムの妻・八重子は13年前に亡くなっている。真知子の発言から八重子も編集者だったことが分かる(ツトムは水上勉であってそうではないのだ)。もしかすると真知子の先輩だったのかもしれない。
次々と担当編集者と恋をするのは稀なケースかもしれないが、作家と担当編集者とはそのくらい密接に思考を共有し、同じ時間を過ごすこともある。この2人の場合、ものを食べるという最も重要なことに共通する哲学を持つのでなおさらだ。パートナーとしてともに生きたいという感情に行きつくのも仕方ないとも思う。ただ2人は互いを思うがゆえに揺れる。
ツトムを演じる沢田は現在74歳、真知子を演じる松は42歳。パートナーシップを感じている2人を演じるには、少々歳の差がある。でも松は観る者に違和感を抱かせない。恋人かつ編集者として、時に対等な存在となり、時にサポート役に徹する。