Hint-Pot | ヒントポット ―くらしがきらめく ヒントのギフト―

カルチャー

『土を喰らう十二ヵ月』沢田研二の恋人役 松たか子に作用する歌舞伎の家で学んだこと

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

どんな役にも同じ力量 歌舞伎の家に生まれ育ち学んだこととは

 二代目松本白鴎と藤間紀子の間に梨園の次女として誕生した松は、大ヒットドラマ「ロングバケーション」(1996・フジテレビ系)でピアニストの瀬名(木村拓哉)に思いを寄せられる後輩を演じ、注目された。だがそのずっと前、松は日本舞踊家・松本幸華として舞台で注目された。

 十代目松本幸四郎である兄や父とともに日本舞踊の舞台を務めた松は、極めて高い表現力を持って、観客を魅了した。ただ兄が高麗屋の名跡を継ぐ歌舞伎役者として注目される一方で、松が役者としての力量を示す機会は数えるほど。偶然舞踊を見た少女の魅力は幻だったのかと思った。

 だが松は日本舞踊、歌舞伎という家業ではなく、まずテレビに演じる場を見出す。「ロンバケ」という作品での、その初々しい顔見世は筆者だけでなく多くの視聴者を魅了した。その後の快進撃は語らずともだ。「ロンバケ」の松が、あの時の少女であると知るのはかなり後になるのだが。

 ただ松が男性であったなら、また別な高麗屋の二枚目が生まれたのかもしれない。もし彼女が生まれついての性がもたらす運命に、少なからぬ葛藤を感じていたとしたら、それを受け入れ、迷いをなくすために使った力には、はかりしれないものがあるように感じた。考えすぎかもしれないのだが。ただ彼女が歌舞伎の家に生まれ育ち学んだことは、演技者としてのベースに大きなプラスになっていると思う。

 近年の野田秀樹、長塚圭史、松尾スズキらとの舞台では、主演として力強く観客を導く。一方、今年公開された映画『峠 最後のサムライ』(2022)や本作では、物語をけん引する主人公を支える役割をきっちりと果たす。

 彼女が主演作とサポート的な役に同じ力量を注げることにも、歌舞伎の家に生まれたことが何かしら作用している。そう感じた。

張り詰めさせては緩める 監督の演出にも魅了される作品

 成長の過程で身に着けたことが及ぼす影響という点では、かつて禅宗の寺で修業したというツトムの設定にも同じことを感じた(水上勉も禅宗の瑞春院で得度し、13歳まで過ごしている)。

(C) 2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
(C) 2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会

 9歳で寺に預けられたツトムが作るのは当時徹底的に叩き込まれた精進料理。とはいえ、ツトムは修行のあまりのつらさに逃げ出したのだと気負わずに真知子に打ち明ける。それでも、当時の彼がそこで得たさまざまな哲学が、ツトムの仕事、人間形成に大きな影響を与えたことは間違いない。

 特に禅寺で食を司る役職・典座が学ぶ「典座教訓」から得たものは大きかったのではないか。“料理をしている時はそこから気をそらしてはいけない”。「典座教訓」に書かれるそんな教えは、食だけでなくすべてのことに通じること。我々にも、いま取り組んでいるものから目をそらしてはいけない。そう教えてくれる。

 映画ではツトムがそれを改めて読んだ直後に、鍋を吹きこぼすというたわいもない場面が描かれる。張り詰めさせては緩める。そんな中江監督の演出にも魅了される映画だ。

『土を喰らう十二ヵ月』新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座他にて全国公開中 配給:日活 (C) 2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。