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80年代アイドル女優からアーティストへ 新作に見るソフィー・マルソー56歳の現在地
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フランスの名監督と初タッグ 「美しい交差点だった」と語る1本に
約3年の熟考期間を経て、ソフィーが選んだのはフランソワ・オゾン監督の『すべてうまくいきますように』。脳卒中で倒れた成功した実業家で美術収集家の父親が、体の自由がきかないまま生きることを受け入れられず、人生を終わらせることを娘たちに望むというストーリーだ。
原作者であり、オゾン監督と『まぼろし』(2000)、『スイミング・プール』(2003)、『ふたりの5つの分かれ路』(2004)、『Ricky リッキー』(2009)の脚本を共同執筆した作家エマニュエル・ベルンエイム(故人)の実話でもある。
ソフィーはオゾン監督のオファーを何度か断ったことがあると聞くが、それは“タイミング”なのだろう。一緒に仕事をしたいとは思っていたようで、「私は昔から彼の映画が大好きだった。彼は折衷主義的な監督で、エネルギッシュで、好奇心旺盛で、社会とその弱点を観察する鋭い目を持っているから」と言っている。加えて、ベルンエイムが脚本を手掛けた『まぼろし』や『スイミング・プール』を好きなことも大きいのかもしれない。
どんな優れた俳優も、脚本を読む段階で、すべてを理解しているわけではないだろう。ソフィーの場合、重要なのは「その作品が私を惹きつけ、それを私が信じるかどうか」ということだそうだが、『すべてうまくいきますように』については「脚本を読む前から、関わる心構えはできていた」、「映画とは多様な願いの交差点。監督、役柄、テーマ、そしてその瞬間を経験する。本作は美しい交差点だった」と語っている。
今の彼女が演じたいのは、たぶん傍からどう見えようと純粋で、内面的で、濃密な生き方を貫こうとする人間たちなのだろうと感じた。
『ラ・ブーム』のヴィックがいたからこそ、今の彼女がある
本作の中で、ソフィーは自分の肉体を通して、アーティストの家庭の中で育った娘エマニュエルを呼吸させることに成功している。彼女は演じる際に、「すべての役に自分の一部を持ち込み、感情と誠意をさらけ出す」のだという。ここではこれ以上ないほど、欠点も、無様な姿も、自分を通してありのままを見せている。
父親のアンドレを演じたのは、名優アンドレ・デュソリエ。ゾッとするような素晴らしい演技で、尊厳死が許されない国で、自ら死を選ぶ権利をエゴイスティックに“娘たち”に迫る。そんな傍若無人な父親の言葉を、少女の頃から受け止めてきた娘エマニュエルの苛立ちを、オゾン監督とソフィーがブラックな笑いに昇華させているのもこの映画の見どころだ。
父の病室から帰宅したエマニュエルがスプラッターを見ているシーン、突然ボクササイズに出かけて力の限りサンドバッグを殴るシーン。どちらもたわいもないシーンだが、この父の死に真面目に向き合う娘の行動に、観ている側にはシニカルな笑いが浮かぶ。シリアスな作品だからこその笑いを、ソフィーやオゾン監督が意識していることは間違いない。
『ラ・ブーム』でブレイクしたために、すでにその境地に至っているにもかかわらず、アーティストとして正当な評価を受けるまでに随分時間がかかってしまったソフィー・マルソー。でも間違いなく『ラ・ブーム』のヴィックというアイドルがいたからこそ、今の彼女があるのだと思っている。
そしてソフィーの最初のキャリアであるヴィックとエマニュエルは、奇しくも同じ地平にいるように思う。『ラ・ブーム』はヴィックの初恋と初キスを描く作品であると同時に、両親が夫婦としてのあり方を試行錯誤する映画でもある。母を演じるのは『禁じられた遊び』(1952)の少女ポーレットを演じたブリジット・フォッセー、父役はジャン=リュック・ゴダール監督『はなればなれに』(1964)でアンナ・カリーナと踊って観客を魅了したクロード・ブラッスール。
『すべてうまくいきますように』も作家エマニュエルの映画であると同時に、これまでエマニュエルが対岸に置いていた両親の映画でもある。自分のネガティブな部分を強行に認めようとしない父アンドレ。常にうつ状態にある彫刻家の母クロード(シャーロット・ランプリング)。両親の老いという問題から逃れることができなくなり、家族と死という初めてのテーマに向き合うエマニュエルを見ていると、40年後のヴィックなのかもしれないと改めて感じた。
ソフィーは「役のために心を開き、すべてを捧げようと思っています。そこには敬意と知性と理解が必要なのです」と語っている。
『ラ・ブーム』『ラ・ブーム2』40周年記念デジタル・リマスター版 2022年12月23日より全国順次公開 配給:ファインフィルムズ (C)1980 Gaumont
『すべてうまくいきますように』2023年2月3日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ 他公開 配給:キノフィルムズ (C)2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。