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お年玉の由来 お金を渡すようになった背景とは 「ポチ袋」と呼ぶ理由も

公開日:  /  更新日:

著者:鶴丸 和子

お正月の習わし、お年玉(写真はイメージ)【写真:写真AC】
お正月の習わし、お年玉(写真はイメージ)【写真:写真AC】

 お正月には、子どもに「お年玉」を渡す風習がありますが、そもそもお年玉のルーツは何なのでしょうか。元々はお金ではなく、餅を分け与えていたといわれています。お年玉の由来や、お年玉袋を「ポチ袋」と呼ぶ理由についても紹介しましょう。

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お年玉のルーツは餅 お正月は年神様をもてなす期間

 お年玉とは、現在は新年を祝って大人から子どもへ贈られるお金のことをいいます。しかし、元々はお金ではなくお餅が、子どもだけではなく大人にもお年玉として分け与えられました。

 お年玉の由来は、語源として関係がある「御年(歳)魂」の言葉にあるといわれています。古くから日本では、元旦に新年の神様である「年神様」が各家庭にやってくると信じられてきました。お正月はその年神様をもてなす期間。飾り付けやお供えをし、新しい一年の幸福を祈願します。

 お供えの鏡餅は年神様が降りてくる依り代と考えられ、餅は年神様の魂が宿った「年魂」でした。諸説ありますが、年神様にお供えした餅を下ろし、餅玉として家長が家族や年少者に分け与えたのがお年玉のルーツとされています。お正月にこの餅玉をお雑煮にして食べることで、年神様の魂を体内に取り込み、新年への力をいただくものでした。

お年玉がお金になったのはいつ? 高度経済成長期のライフスタイル変化が要因に

年神様の依り代とされた鏡餅(写真はイメージ)【写真:写真AC】
年神様の依り代とされた鏡餅(写真はイメージ)【写真:写真AC】

 お年玉の風習がいつから始まったかは定かではありませんが、お餅ではなく、お酒、すずりや筆などの品物をお年玉として贈る地域もあったようです。江戸時代には庶民の間にもお正月の習わしとして浸透。新しい年の幸福を願って、家長から家族へ、主人から使用人へ、師匠から弟子へ。目上から目下へ贈るものとして受け継がれていきました。

 お金を子どもに贈ることが主流になったのは、1950年代半ばの高度経済成長がきっかけといわれています。家族や仕事のつながり、ライフスタイルなどの変化に伴い、お正月行事も変わっていきました。大人にお年玉を贈る機会は減り、都市部を中心に子どもにお金を贈ることが主流になり、現在に至っているようです。

お年玉袋 ポチ袋と呼ぶのはなぜ?

お年玉袋はポチ袋とも呼ぶ(写真はイメージ)【写真:写真AC】
お年玉袋はポチ袋とも呼ぶ(写真はイメージ)【写真:写真AC】

 お年玉のお金を入れる袋に「ポチ袋」があります。ポチ袋とは、小さな祝儀袋の総称です。お年玉で使うイメージが強いですが、元々は旅館や料亭などで客側が心づけを渡す際に使われていたもの。ご祝儀袋ほど大げさなものではなく、感謝の気持ちを込めて少額の金額を渡す際に入れる袋です。

 ポチ袋の「ポチ」とは、関西弁で「少しだけ」を意味する「ぼちぼち(または、ぽちぽち)」が由来とされています。関東では元々「お年玉袋」と言われていましたが、近年ポチ袋の呼び方も定着しつつあります。

 元々は、新年の力を分け与えるものだったお年玉。現代でも新年の幸福を願う気持ちに変わりはありません。形式張らず渡しやすい袋として、そのネーミングが好まれているのかもしれません。

(鶴丸 和子)

鶴丸 和子(つるまる・かずこ)

和文化・暦研究家。留学先の英国で、社会言語・文化学を学んだのをきっかけに“逆輸入”で日本文化の豊かさを再認識。習わしや食事、季節に寄り添う心、言葉の奥ゆかしさなど和の文化に詰まった古の知恵を、今の暮らしに取り入れる秘訣を発信。
インスタグラム:tsurumarukazu