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藤ヶ谷太輔も感服した原田美枝子の“幅” 二面性ある母を演じた『そして僕は途方に暮れる』

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

(c)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会
(c)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

 親と子の関係として理想的とされるものはありますが、実際は親と子の数だけ存在するもの。こうすれば良いという正解がないことは、年を重ねるとおのずと分かってきます。また、親には親として以外の顔もあるということも。実生活で3人の子どもを育てた俳優の原田美枝子さんは、映画出演最新作『そして僕は途方に暮れる』で二面性のある母親役を見事に演じました。17歳で新人賞を総なめにした演技力は、当然ながら今もなおまったく衰えていません。最近の原田さんは「受動的に息子を変化させる」役柄が続いていると指摘する映画ジャーナリストの関口裕子さんに、本作をじっくりと解説していただきました。

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ダメ男の物語が伝える少しシュールなメッセージ

 同棲している恋人に、まるで自身の母であるかのように、もしくは家政婦のように接し、何でもやってもらおうとする。だからといって、仕事で忙しいわけでも、熱中していることがあるわけでもなく、都合が悪くなるとすぐに逃げ出そうとする性格。そんな自堕落なフリーター、菅原裕一を主人公とするのが映画『そして僕は途方に暮れる』だ。

 裕一を演じるのは藤ヶ谷太輔(Kis-My-Ft2)。これこそがキャスティングの妙なのかもしれないが、藤ヶ谷が演じることによって、鑑賞者の目はなぜ裕一が人生から逃げ回っているのかに向けられ、“逃げる”が何を意味するのか知りたいと思わせられる。友人や先輩の家をコミカルなタッチで転々とする裕一を追いながらも、この映画が言わんとしていることを考えさせられてしまうのだ。結果、たどり着いたのは、ダメ男が作り出す笑いではなく、少しシュールなメッセージだった。

(c)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会
(c)2022映画『そして僕は途方に暮れる』製作委員会

 元は三浦大輔演出・脚本の同名の舞台。裕一役の藤ヶ谷や、同棲する彼女の里美を演じた前田敦子、親友の伸二を演じた中尾明慶ら主要キャストはそのままに、三浦自身が監督して映画化された。一新されたのは主に裕一の家族役。父の浩二を豊川悦司、姉の香を香里奈、そして母の智子を原田美枝子が演じている。

 いろいろなものから逃げ出した裕一は、苫小牧にある実家を目指す。苫小牧は三浦監督の出身地でもある。降り立った裕一の後ろには、苫小牧の町を変貌させた工場の煙突が見える。実家にいるのはリュウマチを患う母の智子のみ。約10年前に裕一同様、妻のもとを逃げ出した浩二は、近くのアパートで貧乏暮らしをしていた。浩二と裕一は「似た者親子」なのだ。

演技派の原田が絶妙に演じる“二面性のある女性”

 智子を演じる原田が絶妙に面白い。子どもたちは大学進学とともに東京へ出て以来、戻る気配はなく、夫も出て行ってしまった。彼女が抱えているのは孤独。それをあるもので埋めているのだが、その事実はまたもや裕一に実家を飛び出させるトリガーとなる。

 智子は2つの顔を持つ。それは久しぶりに実家に戻った息子を気遣う母の顔と、実は一切を投げ捨ててしまった者であるという顔。原田は絶望を味わったことのある者の二面性を、絶妙にトーンを切り替え演じてみせる。演技派の原田のこと、さぞ楽しかったであろうとさえ思っていた。

 だが、納得がいくまで同じカットを演じさせることで知られる三浦のこと。ベテランの原田をもってしても例外ではなかったようだ。三浦は「豊川さんと原田さん、言うまでもない大ベテランのお2人からは、多々勉強させていただきました。僕がどうしても微妙なニュアンスを求めてしまうので、何回も何回も同じ演技をしてもらうことになってしまうのですが、その要求にも応えてくださって……」と言い訳をするように語っている。

 共演者としてそれを見ていた藤ヶ谷は、「何度、もう一回と言われても少しずつ変えて演じられる、そのスタミナや幅はさすがだと思いました」と証言している。

 逆に原田は、この演出を舞台版から映画版に至るまで全身で浴びてきた藤ヶ谷に驚き、「これを逃げていく先の数だけやっているの! 私にはできないわ」と言ったという。これまでかなりなこだわりを持った監督と、想像を絶するような撮影をこなしてきた“猛者”ともいえる原田にそう言わせるとは。