仕事・人生
きっかけは熊本地震で「何もできなかったもどかしさ」 気象予報士として伝えたい思い
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西に東シナ海、東に九州山地。その真ん中に位置する熊本県は、自然災害の多い県として知られています。そんな熊本県で生まれ育った早田蛍さん。気象予報士を夢見て、大学受験に失敗し、一度は諦めたものの「一生やりたい仕事」をするために再度チャレンジすることに。大学へ入り、4年かけて難関の気象予報士試験に見事合格しました。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。早田さんが気象予報士になろうと思ったきっかけや合格するまでの奮闘についてお届けした前編に続き、後編では気象予報士としての現在のお話を伺いました。
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宮崎県で感じた「熊本地震で何もできないもどかしさ」
8度目のチャレンジでようやく気象予報士の試験に合格した早田さん。ちょうど、大学卒業を迎えた3月のことでした。すでに郵便局の内定を受けていたため、卒業後は郵便局員として大分県佐伯市で働くことになりました。その後、その土地で出会った男性と結婚し仕事を退職。主婦として、夫の転勤に伴い宮崎県に住んでいたときのことでした。
2016年4月14日、熊本地震発生。死者55人、負傷者1800人以上、避難者18万人超の大災害が起きたのです。(同年7月14日時点、内閣府発表)
「地元が大変なとき、私は宮崎にいました。ちょうど2人目の子どもを出産して半年ぐらいのときでした。じっとしていられなくて、物資とか水とか足りないものを持っていこうとしていたんですけど、家族から『赤ちゃんと一緒に来られても困る』と言われたんです。仕方ないこととはいえ、何もできないことにすごくもどかしさを感じて。何より、気象予報士という資格を持っているのに、何もいかせていないのが悔しかったんです」
そんなとき、福岡県在住の気象予報士から「防災の普及啓蒙活動の一環で講演会とかワークショップをやっているから、月に1回ぐらい手伝ってくれない?」と誘いを受けました。
夏に夫の転勤で熊本県へ帰郷していたこともあり、「月に1回ぐらいならできそうだな」と快諾。気象予報士として、福岡県や山口県で防災の普及・啓発活動を行うようになりました。しかし、早田さんの胸の中には、しだいに違う思いが芽生え始めます。
地元・熊本県で防災の普及・啓発活動を続けるわけ
「熊本でこそ、防災教育をやらないといけない」
災害の少ない地域の人には理解しにくいことかもしれませんが、毎年のように災害が起こる地域では災害が日常になり、“慣れ”が生じてしまいます。その分、経験値は高くなりますが、避難への対処が遅れてしまうという問題もあります。
「私の家族は避難しなかったんです。地震のときも、豪雨災害のときも。どんなに私たちが訴えても、祖母も母も避難してくれませんでした」
そこで、早田さんは「災害に慣れた人たちを動かすにはどうしたらいいのか」ということを考え始めました。
「これまでは無事だったけど、次が大丈夫かどうかなんて誰にもわかりません。地域の特性上、『みんな行っとらんのに……』と言って、自分だけ避難所に行くことなんてしません。であれば、みんなで行きたくなる雰囲気づくりをしないといけないわけです」
たとえば、避難所で炊き出しを行ったり、おいしいお菓子を食べたりできるなど、ちょっとしたイベントのような仕掛けを作ることで、地域の人同士で声をかけ合って避難所に集まってくれるのではないかと考えています。そして同時に、「地域にどう理解してもらうか」も重要だと話します。
思い立ったら、行動はスピーディでした。地元・熊本県で防災の重要性を知ってもらうため、気象予報士の名刺を作って飛び込み営業をかけた早田さん。
「『今、県外で活動しています。気象予報士です』という名刺を手に、市役所などに飛び込み営業しました。もちろん、門前払いでしたけど(苦笑)」
やがて、たまたま出会った八代市の防災担当の市議会議員に「一回、うちの校区でやってくれん?」と声をかけられ、活動を行うことに。しかし、実際にやってみると、伝える工夫がさらに必要だと気づいたといいます。
「自分が伝えたいことを言うのではなく、地域の方に自身の避難へどうつなげてもらえるのか。その工夫をしないといけないんだと気づいたんです」
伝えたい思いが強い分、すべてを話してしまうと発表会のようになってしまい、本当に伝えたいことが伝わりません。早田さんは、とくにワークショップでは参加者に考えてもらうことが重要だと考えました。伝えたい内容を100とすると、そのうちの50ぐらいを話し、残りの50ぐらいは参加者自身に考えてもらうようにしているそうです。
「結局、自宅に持ち帰ってもらって、自分自身で考えることが大事なんですよね。そのためにすべてを伝えるのではなく、考えるきっかけを講演会のなかで与えるような仕掛けにしています」