どうぶつ
異国の地で愛猫が急逝し生活も一変 日本人記者を支えたドイツ人スタッフの言葉
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苦しそうにするココロに不安が募る一方で…
その動物病院はとても小規模で、1人の男性スタッフだけが対応する受付には長蛇の列ができていました。キャリーケースの中にいるココロの様子をうかがうと、過呼吸のように口を開けて舌を出し、苦しそうな表情を浮かべています。
焦燥の念に駆られた僕は、ロビーと診察室の間を行き来する女性スタッフに「愛猫が急に具合が悪くなって、すぐに診ていただきたいのですが……」と懇願しました。すると、その女性スタッフは英語で「それは大変! じゃあ、最優先で先生に診てもらいましょう。先約の患者さんには、こちらから説明するから」と返してくれました。
初診手続きのために各種事項を用紙に記入してそれを渡すと、穏やかな表情を浮かべた先生が診察室から顔を出して「ココロ、入ってきなさい」と声をかけてくれました。僕はココロの症状、数日前にサツキが免疫介在性溶血性貧血で死去したことを先生に告げました。
「なるほど。じゃあ、ココロも貧血の可能性があるということね。じゃあ、すぐに血液検査を実施して、それから猫エイズなどのウイルスにも罹患していないか調べましょう」
猫の採血をするとき、血管へ正確に針を刺すのは難しいらしく、サツキの場合は体毛を剃ってから前足に針を入れていました。でも、この先生は体毛を剃ることなく、一発でココロの前足に針を刺していとも簡単に血液を採取してしまいました。
「これでよし! 痛いのは一瞬のほうがいいからね! 結果はすぐに出るから、少しだけロビーで待っててね。コーヒーとかも備え付けてあるから、自由に飲んで休んでて」
そう伝えられた数分後、ロビーの片隅に座っていた僕の元へ先生が自ら歩み寄ってきました。
「血液の数値はいたって正常! 安心して。ココロは健康よ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は堰を切ったように、サツキを失ってとてもつらかったこと、ココロもまた同じ病気に侵されていたら正常な気持ちを保てなかったことなどを先生に吐露しました。ひとしきり話を終えると、黙って話を聞いていた先生が僕の肩を抱き、「心配なことがあったら、いつでもここに来てね。できる限りのことは、なんでもするから」と言ってくださり、その心遣いに感謝するとともに、大変心強くなりました。
異国の地で感じた思いやりに感謝
診察を終えて受付に行くと、そこでは多くの患者さんの対応でお疲れぎみな男性スタッフが会計作業を進めていました。すでに午前中の診察時間が終わっていたロビーには人の気配がなく、いつの間にか患者は僕とココロだけになっていました。
スタッフの方々は激務をこなしているのだなと納得しかけたところで、受付の男性スタッフがボソボソとした口調で話しかけてきました。
「先生と君のやりとりを聞いていたよ。君の愛猫が頼れるのは君だけ。だからこそ、たとえ言葉の問題でうまくコミュニケーションが取れなくても、できるだけ詳細に愛猫の症状や様子を伝えてくれ。それを踏まえて、僕らは君の愛猫のために全力を尽くすから」
日本から遠く離れた異国の地で、僕は愛猫を通して、人の温かさや思慮の念に触れることができました。これからもドイツで、ココロとともに生きていく。僕は改めて、その決意を新たにしたのでした。
(島崎 英純)
島崎 英純(しまざき・ひでずみ)
1970年生まれ。2001年7月から2006年7月までサッカー専門誌「週刊サッカーダイジェスト」(日本スポーツ企画出版社刊)編集部に勤務し、Jリーグ「浦和レッドダイヤモンズ」を5年間担当。2006年8月にフリーライターとして独立。2018年3月からはドイツに拠点を移してヨーロッパのサッカーシーンを中心に取材活動を展開。子どもの頃は家庭で動物とふれあう環境がなかったが、三十路を越えた時期に突如1匹の猫と出会って大の動物好きに。ちなみに犬も大好きで、ドイツの公共交通機関やカフェ、レストランで犬とともに行動する方々の姿を見て感銘を受け、犬との共生も夢見ている。