Hint-Pot | ヒントポット ―くらしがきらめく ヒントのギフト―

ライフスタイル

賠償請求が認められない判例も 「交通弱者」の歩行者 過失割合が重くなるケースとは 弁護士が解説

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部

「交通弱者」とされる歩行者や自転車運転者。危険なルール違反は過失割合に影響を与えることもあるので交通ルール遵守を(写真はイメージ)【写真:写真AC】
「交通弱者」とされる歩行者や自転車運転者。危険なルール違反は過失割合に影響を与えることもあるので交通ルール遵守を(写真はイメージ)【写真:写真AC】

 日照時間が短くなっていく秋。日没時刻と重なる午後5時台から7時台の薄暮時間帯は、交通事故が発生する割合が多くなる傾向にあるため、交通安全にいっそう気をつけたい季節です。しかし、道路上では「交通弱者」と呼ばれる歩行者や自転車運転者が優先されるため、なかには交通マナーが悪く、我が物顔で乱横断や信号無視をする人も。もちろん、歩行者がほかの乗り物と事故を起こした場合、過失割合は有利に設定されていますが、本当に責任を問われることはないのでしょうか。弁護士法人 永 総合法律事務所所属弁護士・菅野正太さんに教えていただきました。

 ◇ ◇ ◇

交通事故の「過失割合」とは

 まずは、交通事故の「過失割合」について説明しましょう。交通事故が発生した場合、民法上の不法行為責任(民法709条)や自動車損害賠償保障法(自賠法)3条に基づく運行供用者責任の賠償責任を負うことがあります。交通事故では、双方当事者がともに道路状況等に注意し、事故が発生しないように努めるべきであるため、万が一事故が発生した場合には、その不注意の度合いに応じて過失割合が定められます。そして、過失割合に従ってお互いのこうむった損害を分担することになります。

(例)自動車同士の衝突事故 修理費は自動車Aが100万円、自動車Bが120万円の場合

○過失割合は70:30だとすると……
A運転手の賠償義務は120万円×0.7=84万円
B運転手の賠償義務は100万円×0.3=30万円
→通常であれば相殺処理がなされるため、Aの運転手がBの運転手に対して54万円を支払うことになる

 上記は、自動車同士の過失割合ですが、自動車対歩行者や自転車対歩行者の場合、歩行者が基本的に被害者となる構図であり、いわゆる「交通弱者」にあたります。そのため、被害者保護や危険責任の原則等の観点に照らし、過失割合は自動車や二輪車側に重く設定されていることが多いです。

 そのため過失割合の議論において、基本的に歩行者側の過失は、修正を受けるとしても最大でも7割程度のものがほとんどです。しかし、なかには歩行者の過失が重く問われる場合もあります。

事故に遭った歩行者の損害賠償請求を認めない判例も

 2017(平成29)年12月27日、新潟地方裁判所長岡支部の裁判例では、51歳の女性(歩行者)が片側三車線、道路幅約30メートルの国道中央分離帯から反対側へ渡ろうとして、右から左に横断している最中、直進してきた自動車と衝突した事故が問題となりました。

 本件では、片側三車線の道路で直進車と衝突しているため、けがの程度も大きく、歩行者の女性は、外傷性くも膜下出血、外傷性胸部大動脈解離、左脛骨開放骨折等の大けがを負い、115日入院を含む約2年間治療を行っています。この女性は自車が脱輪してしまったため、ガソリンスタンドの店員に助けを求めにいっており、本件事故はガソリンスタンドから自車に戻るために国道を横断している最中に発生したものでした。

 この事故について、裁判所は女性の損害賠償請求を認めませんでした。その理由は主として3つ。

(1)女性の身長と同じくらいの高さの樹木が1.5メートルから3.8メートル程度の間隔で連なって植えられており、その樹木と樹木の間に人が立っていたとしても、それが人であると識別することは相当困難であったといえること

(2)衝突場所付近に照明灯の設置はなく、ガソリンスタンド等の商業施設の明かりにより、自動車の進行方向からは、中央分離帯上に人が立って車道側を向いていたとしても、いわゆる逆光のような状態で陰となり、それが人であるかどうかの識別はいっそう層困難であったと認められること

(3)一般に、夜間、幅員の広い幹線道路において、中央分離帯上に横断待ちのための人が立っていることを予測することは困難であること

 裁判所はこれらを指摘のうえ、自動車の運転手について注意義務違反はないと認定しています。

歩行者が信号無視した場合、車側が青信号なら過失割合は重くなる

 上記のように、そもそも道路状況等に照らし歩行者との事故がほとんど想定できないような場合、あるいは事故が発生したとしても自動車運転手に回避行動等を取ることが困難である場合には、いかに歩行者が交通弱者であっても、自動車運転手に責任が認められない場合があることに留意が必要です。

 交通事故については、その類型に応じて裁判実務上、過失割合はある程度定形的に定められています。歩行者が信号無視をしたために事故が発生した場合の基本過失割合はどのようになっているのでしょうか。ここでの区別は自動車とバイク(単車)はいずれも「車」として同じものと扱い、自転車は自動車やバイクと事故の危険度が異なるため、別の事故類型として検討しています。

 一例として、横断歩道上の歩行者と直進自動車等の事故について、歩行者側が青信号であった場合の基本過失割合を見てみると、自動車(単車含む、赤信号で侵入):歩行者=100:0、自転車:歩行者=100:0と、いずれも歩行者側の過失割合は0となっています。

 対して、歩行者が赤信号で横断を開始した場合については、自動車(青信号で侵入):歩行者=30:70、自動車(黄信号で侵入):歩行者=50:50、自動車(赤信号で侵入):歩行者=80:20となっています。自動車側が青信号の場合には、歩行者側のほうが基本的な過失割合が重く設定されています。

 自転車との事故の場合、自転車(青信号で侵入):歩行者=20:80、自転車(黄信号で侵入):歩行者=40:60、自転車(赤信号で侵入):歩行者=75:25です。基本過失割合は、車のときと比べて、歩行者側の過失割合がやや重くなっていることがわかります。

 以上のとおり、歩行者側でも常に有利な過失割合が設定されているわけではありません。また、本件は横断歩道上の事故を検討していますが、横断歩道外の事故等交通事故にはさまざまな例があるため、その都度別途の検討が必要になります。

「交通弱者」だからこそ交通ルールの順守を

 道路交通法上、歩行者が道路を横断しようとするときは、横断歩道がある場所の付近においては、その横断歩道によって道路を横断しなければならず(道交法12条1項)、交差点において道路標識等により斜めに道路を横断することができることとされている場合を除き、斜めに道路を横断することは禁止されている等の規制(同2項)があるほか、一定の場合を除き、車両等の直前または直後で道路を横断してはならなかったり(道交法13条1項)、道路標識等によりその横断が禁止されている道路の部分においては、道路を横断してはならない(同2項)等の決まりがあります。

 そのため、歩行者がこれらに違反する態様で事故が発生した場合、事故の危険を高めるような事態を発生させている場合は、その点を過失割合に考慮することになります。したがって、車両の直前直後での横断、斜め横断のほか、急な飛び出し、立ち止まり、ふらつき等は、個別の事情に応じて過失割合を修正することになるでしょう。

 このように歩行者や自転車運転者は「交通弱者」だからといって、すべてのケースで責任を問われないわけではありません。また、車に対して「交通弱者」は非常に無防備で、一度事故に遭えば重大な障害を負ったり、最悪の場合、死に至ったりすることも。交通ルールを遵守し、交通マナーの向上に努めましょう。

◇菅野正太(かんの・しょうた)
弁護士法人 永 総合法律事務所所属弁護士。上智大学法学部法律学科卒業。早稲田大学大学院法務研究科卒業。中小企業法務、不動産取引法務、寺社法務を専門とする弁護士法人永総合法律事務所の勤務弁護士。第二東京弁護士会仲裁センター委員、同子どもの権利委員会委員。
弁護士法人 永 総合法律事務所ウェブサイト:https://ei-law.jp//寺社リーガルディフェンス:https://ei-jishalaw.com/

(Hint-Pot編集部)