ライフスタイル
新しい靴 「夕方や夜におろしてはいけない」といわれる理由 靴にまつわる言い伝え
公開日: / 更新日:
「新しい履き物を夕方や夜におろしてはいけない」といった言い伝えを聞いたことがあり、新しい靴をおろすのは朝にしている人もいるでしょう。なぜそういわれるのでしょうか? 日本古来の伝承や風習、先人の知恵など諸説に着目するこの連載。今回は、靴にまつわる言い伝えを紹介します。
◇ ◇ ◇
縁起が悪いとされた理由 「家の中から履いたまま下りる」もNG?
昔から、日が暮れてから新しい履き物をおろして出かけると「キツネに化かされる」や「転んでけがをする」「病気になる」など、不吉なことが起こるといわれる迷信。夕方や夜に履き物をおろすことがなぜいけないのか、科学的な根拠はありませんが、その理由として考えられることは諸説あります。
ひとつは、昔の夜の外出が危険だったためです。電気やガスがない時代は、現代と違って街灯もなく夜は真っ暗。そんななかを慣れない新しい履き物で出かけるのは、転んだり、何かあった際に逃げ遅れたりして危ないので、その戒めだったという説です。
もうひとつは、お葬式を連想させるため。江戸時代のお葬式は日が暮れてから行われることが多く、参列者はお葬式用の新しい草履をおろし、亡くなった人に新しい草履を履かせる風習がありました。そのため、新しい履き物を夕方や夜におろすことは、誰かが亡くなったことにつながるため嫌われるようになったという説もあります。
同じく、お葬式を連想させるとして「家の中から新しい靴を履いて、そのままで下りてはいけない」との言い伝えがある地域も。葬儀会社や霊柩車もない時代、葬儀は家で執り行われるのが一般的でした。葬儀後は故人の近親者や地域の人が座敷の上で新しい草履を履いて棺を担ぎ、そのまま家を出て埋葬地まで運ぶ風習があったそう。そのため、座敷から新しい履き物を履いたまま外に出ることは、縁起が悪いと忌み嫌われたようです。
やむを得ず夕方や夜に新しい靴をおろす際にやることとは?
どうしても新しい履き物を夕方や夜におろさなくてはいけないとき、やるべきことの言い伝えもあります。各地によってさまざまな俗信がありますが、主なところでは、履き物の裏に「鍋墨を塗る」「つばをつける」「火に当てる」などです。鍋墨とは、鍋や釜の尻が焦げてつく黒いすすのこと。現代では、鍋墨の代用として広まったのか、靴の裏に黒いペンで×印を描いてから履くと良いといわれることもあるようです。
このほか、「朝にやることを宣言する」といった俗信も。夕方や夜に新しい履き物で出かける際、「これからお参りにいく」など、本来なら朝にやることを言ってから外出するというものです。夜に人間を化かすとされたキツネを、「今は夜ではなく朝である」と欺くのが狙いだったといわれています。
明るい夜の街を靴で歩く現代でも、各地で受け継がれている「新しい履き物を夕方や夜におろしてはいけない」との言い伝え。もしかしたら、根拠や理由を超えた知られざる意味もあるのかもしれません。
【参考】
「吉を招く『言い伝え』縁起と俗信の謎学」岩井宏実著(青春出版社)
「魔除けの民俗学 家・道具・災害の俗信」常光徹著(KADOKAWA)
(鶴丸 和子)
鶴丸 和子(つるまる・かずこ)
和文化・暦研究家。留学先の英国で、社会言語・文化学を学んだのをきっかけに“逆輸入”で日本文化の豊かさを再認識。習わしや食事、季節に寄り添う心、言葉の奥ゆかしさなど和の文化に詰まった古の知恵を、今の暮らしに取り入れる秘訣を発信。
インスタグラム:tsurumarukazu