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父が倒れて寝たきりに 相続対策に貯金をおろしても大丈夫? 税理士が解説
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遺産相続は人生にそう何度も経験することではないので、いざ親族の死期が近づいてくると、戸惑ってしまうことがありますよね。相続税対策のためにも、亡くなる前に口座からお金をなるべく引き出しておいたほうがいいのでは? と考える人もいるでしょう。本当に大丈夫なのでしょうか。豊富な実務経験がある税理士で、マネージャーナリストの板倉京さんが解説します。
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総額5000万円近くの預金をおろした人も
「父が脳梗塞で倒れて入院しています。話もできないし、寝たきり状態です。お医者様からはいつ容体が悪くなるかわからない、もって半年くらいだろうと言われました」
中川真紀さん(仮名・50歳)は、相談にやって来たとき、疲れ切った様子でした。父親は上場企業の役員を務め上げ、資産を多く持っているそうですが、母の行動に気になる点があるといいます。
「母は『父の通帳にお金がたくさん入っていると相続税がかかるから』と言って、通帳からお金をおろしています。そんなことして大丈夫なんでしょうか?」
相続税の申告のお手伝いをしていると、亡くなる日の数か月前あたりから突如、大量の預金が下ろされている通帳を見かけることがあります。真紀さんの母親のように「通帳の残高が多いと相続税がかかる」と考える方もいるのだと思います。
なかには、夫が入院してから毎日銀行へ行って、総額5000万円近くの預金をおろした、なんて人もいました。本人が銀行に行けない場合、窓口ではお金をおろすことはできませんから、ATMで引き出すことになります。
ただし、ATMでは一度におろせる金額が決まっているので、多額の預金を引き出すためには、何度も銀行に通うことになります。入院中の夫を見舞いながら、何度も何度も銀行に行ってお金を引き出す。大変な苦労だと思います。ところが、残念ながらその努力は報われません。
相続税は、財産の持ち主が亡くなった日(相続時点)での財産を合計して計算します。そのため、通帳の残高はもちろんですが、口座からおろしたお金も、病院の支払いや生活費などで使った分を差し引いた相続時点での残額が相続税の対象になるのです。
口座にお金が残ってなければ、ばれないんじゃないの? と思われるかもしれませんが、税務署の調査能力をあなどってはいけません。税務署には強力な調査権限があって、亡くなった人やそのご家族の口座の履歴等を、金融機関に提出させることができます。つまり、亡くなる直前に多額の預金を引き出したことなんて、簡単に見抜かれてしまうということです。
口座からお金を引き出してはいけないということはありませんが、おろしても相続税の節税にはならないということです。
2024年から贈与の税制が改正に
中川さんにそうお伝えしたところ、「実は弟が、おろしたお金を母と私と弟に贈与してもらえばいいのでは? というのですが、どう思われますか?」と聞かれました。
確かに、相続が起きる前にどうしても預金を減らしたいというのであれば、「生前贈与」という方法もあります。とはいっても、話もできず寝たきり状態の中川さんの父から贈与を受けることはできません。
贈与とは、法律で定められた契約行為です。贈与が成立するためには、あげる人ともらう人の意思疎通が必要なのです。すでに意識のない状態の方の預金を勝手にもらう行為は、贈与とは言えないのです。
また、もし父親の意思が確認できる状態となって、贈与を受けても相続税対策にならない可能性があります。ちょっと難しい話になりますが、相続で財産をもらう人は、相続時点からさかのぼって7年以内に受けた贈与は、相続税の計算に加算しなくてはいけません。贈与税がかからない1年間110万円以内の贈与も対象となります。
このさかのぼる期間は、今年(2024年)から変更になりました。2023年までの贈与については、亡くなった日からさかのぼって3年以内が相続税の対象でしたが、2024年以降の贈与からはさかのぼる期間が7年に延長されたのです(相続開始前4~7年の贈与財産の合計額から100万円が控除になります)。※相続時精算課税制度を適用した場合は取り扱いが変わりますが、ここでは詳細な説明は割愛します。
つまり、亡くなる直前に相続人である配偶者や子どもなど、相続で財産をもらう人に贈与をしても、結局は相続税の対象となってしまいますから、節税には役立たないということです。
亡くなる直前になんとか、贈与で財産を減らそうというのであれば、孫や子どもの配偶者など、相続で財産をもらわない人に贈与をするという方法もあります。過去の贈与が相続税の対象になるのは、「相続で財産をもらう人」だけだからです。
ただし、説明した通り、あげる側の意思を無視した贈与は成立しません。その点は十分注意してください。
(板倉 京)