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仕事・人生

「赤ちゃんになったような気分でした」 片言で韓国へ移住した日本人女性 グローバルビジネスを成功させるまで

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部

片言の韓国語で現地のアパレル企業に売り込みへ

 当時は、日本で韓国のファッションブランドを仕入れることは常識ではありませんでした。そこで野田さんは、片言の韓国語を使って日本と韓国企業の海外契約を取り次いだり、日本での展示会を提案したりと、バイヤーやプレスとしての仕事を自ら取りにいったのです。

「意外と話を聞いてもらう機会には恵まれ、仕事が徐々に増えていくと、1社目で感じていた日本のスタイルではグローバルなビジネスはできないという感覚を思い出しました。韓国は日本の隣国ですが、米国とのほうがビジネス感覚は近いと感じます」

 野田さんは、昔に米国で出会ったビジネスマンの営業方法を真似してみたり、身近な韓国人の反応を観察したりと、研究を重ねていきました。

「一期一会で記憶に残してもらうためには、一瞬で魅力を発揮しないといけません。そこで共通の話題を探ったり、親近感を覚えてもらったりする努力は怠りませんでしたね」

将来の夢は「還元できる人になりたい」

左から、野田佳代さんと「SURGERY」の社長KIM SEO JUN(キム ソジュン)さん【写真:Hint-Pot編集部】
左から、野田佳代さんと「SURGERY」の社長KIM SEO JUN(キム ソジュン)さん【写真:Hint-Pot編集部】

 こうして順調に仕事が増え、ソウルでずっと生きていこう、韓国に基盤を作ろうと考えた野田さんは、2013年に「F.GROUND」を起業します。会社を軌道に乗せるまでの間に、2人の子どもたちの出産も経験。夫の仕事の都合で6年前から日本で暮らしているものの、子どもたちの長期休暇にはソウルの自宅に戻るなど、二拠点生活を送っています。

 グローバルに活動している野田さんですが、韓国語を習得したことが“劣等感の塊”だった自分を変えるきっかけだったと語ります。

「今でも日本語で話していると自信がないけれど、外国語で話しているときはものをはっきりと言えるようになり、人格を2つ持ったような感覚があります。韓国に行ってもがいて苦しんで、今も苦しいこともあるけれど、韓国と日本をつなぐことが支えになっていますね」

 将来は「人に還元できる人になりたい」と憧れを語る野田さん。周りの人を幸せにしたい、そのために自分も努力していきたいと、目を輝かせて教えてくれました。

 次回は、韓国人夫との国際結婚と、子育てについてです。

(Hint-Pot編集部)