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英デザイン界の名門・コンラン家の末裔が奈良の山村に移住 古民家を再生して描く“持続可能な未来”とは

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部

奈良県東吉野村に移住してきたフィリックス・コンランさん【写真:中森一輝】
奈良県東吉野村に移住してきたフィリックス・コンランさん【写真:中森一輝】

 デザイナーのフィリックス・コンランさん。2024年、パートナーのエミリーさんとともに奈良県東吉野村へ移住しました。フィリックスさんは、イギリス発の高級インテリア&ライフスタイルショップ「ザ・コンランショップ」の創業者であるテレンス・コンラン卿の孫のひとり。人口わずか1250人ほどのこの山村で見出した、暮らしの魅力とはなんだったのでしょうか。移住に至る経緯や、築100年以上の古民家を現代的な住まいへと再生したリノベーション、さらに地域とともに描くこれからの展望について伺いました。

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グローバル企業を手放し、「リセット」の旅で出合った東吉野

「いくつもの理由があったというより、フィーリングでした」

 東吉野への移住について、振り返るフィリックスさん。そもそも、最初に訪れたのは2023年で、その際は「移住ありき」だったわけではなかったといいます。

 そのときのフィリックスさんは、イギリスを拠点に父のアレックス・ウィルコックさんとともに「Maker&Son」という家具会社を立ち上げ、創業からわずか4年で従業員250人を抱えるグローバル企業にまで成長させました。仕事に邁進していたなか、会社を売却し、「リセットのため」にパートナーのエミリーさんとともに3か月の日本旅行へ。

 1か月かけて九州を車でめぐり、大分では宿坊で1週間過ごしたそうです。さまざまな日本の場所を訪れたうえで、運命的な出合いを感じたのが、奈良県の東吉野村でした。

「私たちはふたりとも、東吉野に恋をしてしまったんです。最初は『この川すごいな』『なんて素敵な場所なんだろう』と、ただ感動でした」

 そのわずか1年後の2024年、エミリーさんとともに移住しました。

祖父の時代から続く日本との縁 築100年の古民家再生のプロセス

 フィリックスさん自身、それまで日本を訪れたのは、仕事や家族のつながりを通してのみで、「3~4回」程度でした。しかし、子どもの頃からずっと日本に興味を持っていたそうです。

 祖父のテレンス・コンラン卿が創業した「ザ・コンランショップ」は、1994年に日本でも展開。コンラン家が日本とのつながりを深めていったその年に、フィリックスさんは生まれました。

「常に家族から、日本のこと、日本の人々、日本の食などについて素晴らしい話を聞いていました。だからずっと日本に興味はあったんですよ。小さい頃から『いつか日本に住む』と言っていたんです」

 また、パートナーのエミリーさんの母親は日本生まれ。イギリスで暮らしながら、エミリーさんは日本的な感性や文化の中で育ちました。日本語はまだ勉強中ですが、「日本文化への理解や感覚は持っています」とフィリックスさんはパートナーに太鼓判。その言葉通り、現在では東吉野で「地域おこし協力隊」の一員として活躍しています。

 一方のフィリックスさんも日本語を学んでいるとはいえ、進捗具合はゆっくりだと苦笑いを浮かべます。ただ、言語はただのコミュニケーションツールのひとつにすぎないという持論も。

「絵を描いたりして共通理解を探します。共通の感覚さえあれば言語が違ってもわかり合えますからね」

 実際に、フィリックスさんたちが住む築100年以上の古民家をリノベーションするときに活用したのは、絵でした。ペンキできれいにする前の壁に絵や図を書いて示したり、家の3D CADモデルを作って職人たちに3Dメガネで見てもらったりするなど、「『ここに窓、キッチンはここ』というようにね」と視覚的に確認できるようにしたそう。

 さらに、リノベーションを通じて日本のものづくりへの理解も深めたといいます。

「なぜ床にはこの木、梁には別の木、屋根にはまた別の木が使われているのか――すべて、その木が持つ自然な特性を生かすためなんです。たとえば、柱には強度が非常に高いヒノキ。屋根には軽くてまっすぐな杉。引き戸などには、油分が多くなめらかな質感を持つ栗の木。昔の職人たちの思考の深さには驚かされます」

 言葉が違っても、職人たちのものづくりの様子から、先人たちの知恵や技術には受け継ぐだけの価値があることを実感しました。