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仕事・人生

「会社と結婚しているね」 “受注率80%の女”が味わった人生の挫折 45歳の今、乗り越えた先で見えたもの

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部

いくつもの壁を乗り越えてきた笹岡知寿子さん【写真提供:株式会社オンザページ】
いくつもの壁を乗り越えてきた笹岡知寿子さん【写真提供:株式会社オンザページ】

 キャリアは、いつも平坦な道のりではありません。順風満帆に見える歩みの中にも、高い壁に直面する瞬間があります。そのとき、どう向き合ってきたのか――。そうした積み重ねが、今を支える力になっているのかもしれません。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回は、ブライダル事業を展開する株式会社オンザページ(旧社名ノバレーゼ)の取締役執行役員・笹岡知寿子さんに話を伺いました。前編は、キャリアでの挫折や、そこから得た気づきに迫ります。

 ◇ ◇ ◇

入社後すぐに頭角を現し、ついた呼び名は“受注率80%の女”

 現在、同社の婚礼衣装事業の責任者として取締役執行役員を務め、200人を超える現場を率いる笹岡さん。ノバレーゼに入社したのは。大学卒業後の2003年。もともとブライダル業に興味があったわけではなく、当時まだ立ち上がったばかりのベンチャー企業という点に魅力を感じたそうです。

「会社説明会に行くまで、ブライダル会社であることすら知りませんでした。当時はまだ立ち上がったばかりで、役員数人しかいない会社で……。でも、そこで出会った方たちが本気でこの会社を大きくしたい、社会に良い影響を与えたい、人を大切にしたいと思っていることがひしひしと伝わってきて、一緒に働きたいと思いました」

 最初の担当はドレスコーディネーター。結婚式の会場が決まったお客さんに衣装やアクセサリーのほか、メイクやフラワーデザインなどを提案する仕事でした。翌年、ウェディングプランナー部門に異動。仕事を続けるなかで、ブライダルの仕事に対する考え方が変化していったといいます。

「とにかく人が好き、接客が好きだと気づきましたね。結婚式は、お客様にとって一生に一度の非日常で、それを作るのがブライダルの仕事。数字よりお客様を見て、会話内容によっては、他社の式場をすすめることもありました。お客様の立場に徹底的に立って尽くした結果、それ以上の幸せをいただける仕事なんだと。それは今も感じています」

 丁寧に寄り添う仕事ぶりで、月に40組もの婚礼予約を受注することも。驚異の受注率に、ついた異名は“受注率80%の女”。当時の会社全体の平均受注率が約33%だったことからも、群を抜く数字でした。

 その姿勢が評価され、当時最年少の27歳で支社長に抜擢。中部エリアを統括し、100人もの部下を束ねる立場になりました。「20代は向かうところ敵なしという感じでした」と振り返ります。目覚ましいキャリアを歩んできました。

プロポーズを断り、30歳で海外事業に挑戦するも失敗

 その後、30歳のときにビッグプロジェクトが舞い降りてきます。海外事業で、韓国支社の副社長として結婚式場の立ち上げを打診されたのです。笹岡さんは、次のように語ります。

「実はプロポーズされていたんですが、断ったんです。その相手は今の夫で、『会社と結婚しているね』と言われました。それでも、永住する覚悟で韓国行きを決めました。出店地はすでに会社が目星をつけていましたが、ほかは何も決まっておらず、ほぼゼロからのスタートでした。韓国語も『アニョハセヨ』のあいさつ以外はできない状態でしたが、とにかく挑戦してみようと思いました」

 現地のワンルームのアパートに住み、新規開業に向けて奔走する日々を過ごします。式場デザインまで完成させましたが、最終段階で出店予定地の登記の問題などで営業許可が下りず、事業の見込みが立たない状態に。

 なんとか立て直しを図ろうとした笹岡さんでしたが、会社の判断はブライダル事業からの撤退でした。プライベートを投げ捨て挑んだ海外事業は、1年6か月で終わりを迎えました。

「何も成し遂げられなかった、何も形にできなかった」という悔しさが“敗北感”として強烈に残ったといいます。