仕事・人生
「会社と結婚しているね」 “受注率80%の女”が味わった人生の挫折 45歳の今、乗り越えた先で見えたもの
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「逃げていたのは自分だった」 人生の挫折から得た気づき
帰国後に任されたのは、福岡にある新規婚礼施設の支配人でした。新たな環境で頑張っているはずなのに、まったくうまくいきません。会社が立てた受注目標の40%しか達成できない月もあったそうです。結果が出ない時期が続き、“受注率80%の女”と呼ばれた面影はなくなっていました。
そんな笹岡さんに、長野にある既存の婚礼施設への転勤が告げられます。
「結果を出せないまま長野への転勤を告げられたときが、一番心が折れそうでした。会社のために私は辞めたほうがいいのではと、思い詰めたこともありましたね。後輩から『ちずさん(笹岡さんの愛称)のやり方ではもうダメなんですよ』と、ビシッと言われたこともありました」
自問する日々が続きました。思い出したのは、いつもお客さんのことを考えてブライダルに携わっていた、20代の自分。しかし今の自分は、韓国から戻されたことにふてくされ、成果を出せないことを周囲のせいにしているのではないか――。
「今思うと、人生の挫折でしたね。30代で初めて大きな壁にぶつかり、できない理由を自分以外のところに見出そうとしていたことに気づきました。逃げていたのは自分だったと理解できたことは、大きな転機になりました」
転勤先で“復活” 45歳の今、思うこと
気持ちを新たに、転勤先の長野へ。婚礼施設ではスタッフ一人ひとりと面談し、そのエリアの特徴やお客さんについてチームで話し合いをスタートさせました。スタッフの声をヒントに企画を考え、達成できるやり方がないかを模索。また、仕事に対する姿勢として「何をやるにしても、そこにどんな思いがあって行うのか」という考え方を共有したそうです。
「韓国でも、福岡でも、これまでの私は、自分ひとりで考えて決断することばかりでした。その自己完結型の仕事スタイルを変えることができたんです。あの挫折した経験があったからこそ、視野が広がり、人生の幅を持てるようになったと思います。できない理由を挙げるのではなく、良い部分を伸ばすことを心がけるようになりました」
一つひとつの取り組みが実を結び、着任後1年で受注数は2倍に。“復活”した笹岡さんはその後、エリア長や関連会社の取締役を経て、2024年にはノバレーゼの取締役執行役員に就任します。その間、結婚、出産、育児休暇、時短勤務など、さまざまなキャリアの波を乗り越えていきました。45歳になった今、こう語ります。
「ライバルは常に自分自身だと思っています。逃げた自分からは逃げられませんから。だからこそ、壁にぶつかったら正面から向き合う。ありのままを周囲に見せることが、私のスタイルです」
その信念は、今後も笹岡さんを支える大きな力になるでしょう。後編では、管理職で「時短勤務」という新しい働き方を切り開いた経緯、描く未来などを伺います。
1980年生まれ。株式会社オンザページ取締役執行役員。自営業の両親のもとで育ち、子どもの頃から接客や起業に興味を持つ。大学卒業後の2003年に、株式会社ノバレーゼ(当時の社名)へ入社。ドレスコーディネーター、ウェディングプランナーとして頭角を現し、27歳で中部支社の支社長に抜擢。30歳でNOVARESE KOREA INC.の理事副社長に就任するも、事業撤退に伴い1年6か月で帰国。その後、福岡や長野の婚礼施設の支配人として勤務。2017年にエリア長に就任し、2021年に関連会社の取締役を兼務。2023年に、社内初となる「管理職で時短勤務」を実現。2024年3月より株式会社ノバレーゼ取締役執行役員。2026年4月の社名変更を経て、現職。
(Hint-Pot編集部)