仕事・人生
「就職活動は全落ちでした」 ジョージア大使が明かす意外な苦労時代 “なじめない自分”への葛藤と日本への「深い敬愛」
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日本語を自在に操り、ウィットに富んだX(ツイッター)の投稿が大人気の、ジョージア特命全権大使ティムラズ・レジャバさん。しかし、かつては異国になじめず、苦悩を味わったといいます。インタビュー第2回では、就職活動での“全落ち”や社会人としての戸惑い、学生寮での経験を振り返りながら、日本との距離感がどのように形作られていったのかに迫ります。
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すべての始まりとなった祖父と広島の歯科医師との出会い
ティムラズさんと日本との縁は、本人の意思が介在するよりもずっと前、祖父の代までさかのぼります。当時、ジョージアはソビエト連邦の構成国、グルジア・ソビエト社会主義共和国でした。広島出身の歯科医師の方がジョージアの首都・トビリシに来て、ティムラズさんの祖父と知り合ったことが、日本とのつながりの起点になります。
「その後、私の父が日本へ留学したいとお願いし、その方の尽力もあって、実際に渡日が実現しました。こうして私は自分の意思というより、気づけば日本とのつきあいが始まったのです」
他者のために尽くす“利他の心”によって開かれた日本への扉。4歳で来日し、日本で育つことになったティムラズさんですが、成長とともに「周囲との違い」という壁にぶつかることになります。
学生寮で目にした「魔法」のような団結力
日本の集団の力を鮮烈に意識した原体験は、早稲田大学時代の寮生活「和敬塾」での経験でした。日本各地から集まった学生たちが寝食をともにするこの場所で、ティムラズさんは不思議な光景を目にします。
「体育祭などの行事になると、突如として学生たちの団結力がものすごく高くなるんです。ジョージア人はどちらかというと個人主義ですが、日本は暗黙の了解でどんどん行事が進んでいく。まるでマジックを見ているようでした。『いつ、こんなのが決まっていたんだ』とついていけず、取り残されたこともありました」
理屈を超えて集団がひとつになる――。その「魔法」のような光景に戸惑いながらも、ティムラズさんは日本人が持つ協調性の根源にあるものを、肌で感じ取っていきました。
