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38歳でがん告知「声が出なくなるかもしれない」 元警察官の経営者が直面した、思い通りにならない自分との葛藤

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部

術後に戸惑った、体と心の変化

手術後の稲場さん。首元には大きな傷跡が【写真提供:株式会社トラーチ】
手術後の稲場さん。首元には大きな傷跡が【写真提供:株式会社トラーチ】

 2026年2月、がんがリンパ節に転移しており、神経の近くまでメスを入れる手術が行われました。

 手術は無事に成功。懸念していた声は、発するたびに痛みは伴うものの、徐々に元のトーンに戻りつつあります。しかし、甲状腺を全摘出したことで、ホルモンやカルシウムを自力で生成できなくなり、毎日の服薬と頻繁な通院が不可欠になりました。

 そして、何より稲場さんを戸惑わせたのは、心に起きる予期せぬ変化でした。

「ホルモンの影響で、感情の波がすごいんですよ。なんであんな言い方したんやろうって、寝る前に後悔することもあります。病気のせいにはしたくないけど、前よりコントールができていないのかなと思うこともありますね」

 自身の武器であった声を出すたびに走る痛みと、その声が周囲にきつく響いてしまうもどかしさ。これまで自らの声と意志で人生を切り拓いてきた稲場さんにとって、それは病そのものと同じくらい大きな衝撃でした。

再発への不安があるなかで変わった価値観

 現在も、稲場さんは再発への不安と隣り合わせの生活を送っています。がんがリンパ節に転移していたこともあり、定期的な検査は欠かせません。

「がんマーカーの数値も少し高めと言われていて、もしかしたらどこかに転移している可能性もあると説明を受けています。いつ再発するかわからないというのは、正直ありますね」

 そうした不安を抱えながら、時間の使い方も変化しました。

「以前は仕事に200%、300%注ぎ込んでいる感覚でしたが、今は少しアクセルをゆるめて、家族や周囲との時間を大切にするようになりました」

 また、社員を守る会社にしたいという思いはいっそう強くなり、「健康経営」を会社の使命に掲げるように。社内ジムの活用促進や社員の健康支援など「社員が健やかに働ける環境づくり」に、より切実な思いで取り組んでいます。

「声が出るうちに」 SNSで伝え始めたこと

 さらに、双子経営者として若者たちに向けて、営業ノウハウなどを発信してきたSNSでは、闘病中の自身のリアルな姿も投稿するようになりました。

「僕にしかない武器が1個増えたって思ったんですよ。声が出るうちに、しゃべれるうちに、自分の考えを伝えたい。僕を見て『勇気をもらえた』と言ってくれる人がいたら、それだけでこの経験に意味が生まれると思うんです」

 術後の病室で撮影した動画は反響を呼び、DMには「私も誰かのために言いたくないことを言おうと思いました」といった感謝の声も寄せられました。

「事実はひとつで、解釈は無数。どうせ最後は死ぬんやから、やりたいように生きたらいい。これが、今の自分の命の使い方かなと思っています」

 病という事実は変えられない。けれど、声を出す痛みを抱え、ままならない自分に戸惑いながらも、その経験をどう解釈し、何につなげていくかは自分しだい。稲場さんはその声で、今日も誰かの背中を押し続けています。

(Hint-Pot編集部)