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「人生の一番大事な思い出」 リトアニア大使が明かす、皇后陛下の通訳を務めた日 日本語との出合いとは
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日本語を流ちょうに操り、X(ツイッター)での発信も人気を集めるリトアニア共和国のオーレリウス・ジーカス特命全権大使。2007年には、天皇皇后両陛下のリトアニア訪問時、当時の皇后陛下(現上皇后陛下)の通訳という重責を任された経験を持ちます。日本語を学び始めたのは、まだ高校生の頃でした。日本語や日本の魅力をどう感じたのでしょうか。大使になるまでの道のりを聞きました。
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「世界で最も複雑な言葉」日本語にチャレンジ
ジーカスさんが日本語に出合ったのは、1990年、高校生の頃でした。この年、長らくソビエト連邦の構成国だったリトアニアは独立を宣言し、世界に向けて国が開かれていきます。
それまで触れられる言語がリトアニア語とロシア語に限られていた時代から一転し、ジーカスさんの関心は多くの言語に広がっていきました。
「高校生のときに、できるだけ多くの言葉を勉強しようという志ができたんです」
英語、スペイン語を独学で身につけたジーカスさんが、次に求めたのはラテン文字ではない言葉でした。そこで出合ったのが日本語です。
「漢字もカタカナもひらがなも混ざっていて、すごく魅了されたんですよね。この複雑な言葉を習得しようというチャレンジになったんです。私はこういうチャレンジが好きなんです」
日本語には音読み、訓読み、当て字まで存在します。その“難解さ”こそが、ジーカスさんの心をつかんだようです。
「もちろんヨーロッパの感覚から見ると、文法もまったく違う言葉ですし、ほかのアジアの言葉と比較しても、日本語の文法はやはり難しい。世界で最も複雑な言葉を勉強することになったんです」
ただ、独立直後のリトアニアで日本語を学ぶ環境は、決して整っていませんでした。
「本屋さんに行っても、本が置いてない時代だったんです。たまたま古本屋さんで日本語の辞書を手に入れて、そこから独学で勉強し始めました」
