仕事・人生
リトアニア大使「日本が好きだからこそ、少し寂しい」 20年以上にわたって関わってきたからこそ感じる日本社会の変化とは
公開日: / 更新日:

高校時代に日本語を学び始め、皇后陛下(現上皇后陛下)の通訳という大役も務めた、リトアニア共和国のオーレリウス・ジーカス特命全権大使。留学生として、研究者として、そして外交官として30年近く日本と関わってきました。後編では、そんな大使だからこそ語れる、日本社会への本音に迫ります。
◇ ◇ ◇
単に「治安が良い」だけではない、日本の社会
リトアニアも治安の良い国のひとつだと、ジーカスさんは言います。それでも、日本での暮らしには驚かされることが多いのだそうです。
「リトアニアも安全な国だと考えていますが、自分の娘をひとりでどこかに送るときは、どうしても不安を感じますよね。日本で、そういうことを感じたことはないです。こういうストレスがないのは日本の素晴らしいところです」
娘さんが日本で財布を何度かなくしたことがあるそうですが、その都度戻ってきたといいます。ただ、ジーカスさんが指摘するのは、単に「治安が良い」ということだけではありません。研究者としての視点から、日本の安全をこう分析します。
「安全な社会は、独裁主義の国でも作れるんです。ソビエト時代もいろいろコントロールされていて、犯罪のない安全な国でした。ただ、日本の素晴らしいところは、民主主義の社会でありながら、このような安全な社会が作れるということ。これは本当に不思議なことなんです。一般市民の考え方でそれができているということなんですよね」
「ミャクミャク失踪事件」に見た日本社会の本質
この実感を裏づけるように、ジーカスさんが挙げたのが、昨年話題になった大阪・関西万博のバルト館(ラトビアとリトアニアの共同出展)で起きた「ミャクミャク失踪事件」でした。それに対する日本人の反応の大きさに、ジーカスさんは日本社会の本質を見たといいます。
「ヨーロッパの感覚で見ると、5000円のぬいぐるみが盗まれただけなんですが、日本人の方々は『それはあり得ない!』というような激しい反応でした。日本はルールを大切にしている国なんだなということを、改めて理解できました」
誰かに強制されているわけではなく、一人ひとりの意識によって保たれている安全。それこそが、日本という国の「安全」の正体なのかもしれません。