カルチャー
不妊・養子縁組・未成年の妊娠…「自分ならどうする?」を突き付けられる物語 河瀬直美監督の演出が光る『朝が来る』
公開日: / 更新日:
描かれる“ままならない人生” 鑑賞者に突き付けられる問い
ヒューマンドラマであり、ミステリーでもある本作には、“子ども”をめぐり、3人の女性の人生が並行して描かれる。1人目は、不妊治療の末に夫の無精子症が判明し、実子を諦めながらも養子を迎えて家族を形成しようとする佐都子。2人目は、両想いになったイケメンな彼と知識なくセックスをし、妊娠してしまう成績優秀な中学生のひかり。3人目は、瀬戸内海の島でNPO法人「ベビーバトン」を営み、養子縁組を支援してきた浅見静恵(浅田)。
3人の関わり方が感じさせるのは、一人ひとりが担う役割が、歯車のように影響し合い、社会が形成されているということ。当然ながら私たちは、明日会うだろう人を知らず、どこの誰に影響を受け、また与えてしまうか突き止めようもなく、無意識に暮らしている。悪いことも、良いことも。
だから、愛情を持って他者と接する佐都子の思いは、誰かのむしゃくしゃした気持ちに無残に踏みにじられる。出産して子を育てる夢を親に否定されたひかりは、NPOを運営して自分と同じような境遇の女性を手助けする静恵に希望を見出す。
でも必ずしも悪いことが連鎖しないように、良いことも単純に連鎖しない。それが運命というものであり、人生のままならなさだ。そして観ている私たちは、その都度、「私ならどうする?」という問いを突き付けられる。
役になり切った生活を経験する俳優たち 解き放たれた感情とは
河瀬直美監督の演出は、撮影の間中で“役として生き続ける”俳優を、必要に応じて切り取るやり方だ。クランクイン前に、役になり切った生活を経験した俳優たちは、その中から湧き出た感情を、「用意、スタート」の声とともにカメラの前で解き放つ。演技を制御する方法を体得した俳優にとって、役で居続けることはさぞかしつらい、精神の削られる作業だと思われる。
ただ、その演出故、『朝が来る』のラストシーンは際立った。詳しく書くことはできないが、河瀬監督が演出家としての意志をここまで明確にしたものはない描き方だった。それは、子どもを題材にし、また未来の見えない現在に送り出すものへの、演出家としての務めだと思ったからではないか。
このラストが活きるのは、それぞれの人物を生き切った俳優たちあってこそ。彼らに寄り添い、ともに自問自答しながら観ることで、ふさがれていた出口の1つが見える。そんな映画でもある。
『朝が来る』2020年10月23日(金)全国公開
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。