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ある日突然消えた我が子 すべてを捨てた母に救いは訪れるか? 情景が思いを語る映画『おもかげ』
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我が子が消えた町に移住したシングルマザー。自身を責め続けた10年を経て、再び動き出す彼女の時間……。“かけがえのない存在”を失う悲劇は、誰しも人生で1度は遭遇することでしょう。スペインから届いた物語は、この悲劇と対峙する母を描いています。しかしながら、未来を見つけるまでの過程に、外からの分かりやすい“何か”が必要だとは言い切れないようです。その心の動きがセンシティブに描かれた秀作を、映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。
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息子を失うことは人生を失うことと同じ 母はすべてを捨てた
「観てほしい」ではなく、「あの風景に包まれてほしい」と言いたくなる映画がある。スペインの新鋭、ロドリゴ・ソロゴイェン監督の長編映画『おもかげ』がそれだ。海辺の町で行方不明となった息子を諦め切れず、すべてを捨ててその町に移住し、10年の時を重ねた女性、エレナの物語。
エレナはスペイン・バルセロナに住むシングルマザー。元夫とフランスの海岸リゾート地へ季節外れの旅に出た6歳の息子から、「パパが戻ってこない」と電話がかかってくる。そして、これがエレナの聞いた最後の息子の声となった。
冒頭約10分、誘拐事件に巻き込まれたと思われる息子とエレナの会話が、電話越しにスリリングに展開する。息子が助けを求める電話は、彼女が友人との約束の準備をしているところにかかってくる。動転しながらも身一つで現地に向かおうと部屋を出るエレナ。ここまでは、ソロゴイェン監督が2017年に製作した短編『Madre』がそのまま使われている。そして、エレナのその後と救済を描いたのが『おもかげ』だ。
息子が消息を絶った地で暮らすため、エレナは仕事や友人関係など持っていたすべてを捨てた。友人との会話から推測するに、たぶん彼女はクリエイティブな職に就いていたと思われる。そこに至るまでには、物語が1つ生まれるくらい努力をしたことだろう。それをてらいなく捨てた。息子を失うことは、人生を失うのと同じ。彼女はそれを無意識に示した。エレナはこの日以来、事態を回避するためにどうしていれば良かったのか、自分を責め続ける。
16歳の少年によって動き出す時間 魂の解放はどこに
エレナは息子が消息を絶った町に移住。海辺のレストランで働き、10年が経った。すべてを捨てたエレナとは逆に、元夫は再婚を考えている。現在、その相手は妊娠中だ。エレナはその事実が許せない。許せないという感情は、たぶん彼女が彼女自身に感じていることでもある。しかし、自分を許せなければ、未来へは進めない。
エレナの未来はある夏、息子の面影を宿したフランス人少年ジャンとの出会いで動き出す。ジャンはエレナを慕い、頻繁に彼女の元を訪ねてくるようになる。そんな2人の関係は、ジャンの家族や、エレナの恋人に混乱と戸惑いをもたらしていく。
2人が通わせる“愛情”は、母と子に近いものなのだろう。でも、その境界は曖昧。恋愛感情とも受け取れる。エレナにはヨセバという恋人がいる。仕事でフランスへ通ううちにエレナを愛するようになった同じスペイン人だ。彼は16歳のジャンに嫉妬する。
冒頭の短編『Madre』から観始めた観客は、エレナが、生死さえ不明のまま子どもを失う瞬間を、ともに疑似体験する。観客である私たちは、救われたい、魂を解放したいという感情に襲われる。作中では明確に描かれないが、エレナもそうであることだろう。
だが、エレナはそうできない。それは息子が帰ってくることでしか得られないものだから。でも解決を見出す方法はゼロではない。自分を許すことができれば、あるいは……。ジャンは息子ではなく、ましてや恋人にしてはいけない子ども。恋愛でつながってしまったら、きっとエレナは自分を許すことができなくなるだろう。ジャンの存在に揺れるエレナを見ていられない。
ソロゴイェン監督は、この長編を製作した理由を、短編『Madre』のエレナと、それを観た人々について、「光へと導く責任を感じた」からだと述べる。だが、明解な解決方法を用意するつもりはなかったとも言う。「幸せは誰かが運んできてくれるという西洋的おとぎ話の呪いから、そろそろ解き放たれるべきだ。“光”は自分自身で見出さなければならないものだから」と。
映画の中ほどに、ジャンが帰宅するエレナをレストランの外で待っている場面がある。その背景に広がる夕焼け。黄昏時の海と空が淡くつながり、家への短い道程を歩む2人を包む。
何が光を見出すきっかけになるか。他人を許し、自らを解放するもの、それは案外、些細なことなのかもしれない。エレナが見た空の色など。こういう情景に出会えることが“映画を観る”ということなのだと改めて思った。
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(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。