インタビュー

お母さんだから…と仕事が来ない時期も 映画監督・岨手由貴子の「わたし流」

著者:関口 裕子

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撮影中の岨手由貴子監督(c)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
撮影中の岨手由貴子監督(c)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

 映画の制作現場では、1本が完成するまでに大勢のスタッフが力を合わせます。参加者全員にとって、映画は作品であり仕事。この不定期連載では、映画業界の女性たちにスポットを当て、「わたし流」の仕事や生き方を掘り下げます。第2回は長編2作目『あのこは貴族』(2021)が公開中の岨手(そで)由貴子監督。聞き手は映画ジャーナリストの関口裕子さんです。

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「女性を描く物語として、ものすごく共感する」。そう激賞する友人が勧めてくれた山内マリコの小説「あのこは貴族」(集英社刊)が映画化された。東京の“上流階級”に生まれた主人公・華子(門脇麦)と、地方のごく普通の家庭に生まれた美紀(水原希子)。およそ交わることのないだろう2人が幸一郎(高良健吾)という1人の男性をきっかけに、それぞれ自分たちの生きるコミュニティの狭さと旧態依然とした在り様に気付く物語だ。

 本作の岨手由貴子監督は、初の長編映画『グッド・ストライプス』(2015)で新藤兼人賞金賞を受賞した若き俊英。脚本も手がけた岨手監督はご自身も地方出身で、原作小説に共感する部分が多分にあったという。現在は金沢在住の岨手監督に、まずは“東京”や映画を撮ること、子育てと仕事の両立などについて話を聞いた。

東京とは多面的な場所というより“幻”というニュアンスに近い場所

――原作となった山内さんの小説には、ご自身とリンクする部分も多かったと伺いました。

 今は金沢在住なんですが、この原作を映画化してみたいと思った頃は、まだ東京に住んでいました。多くの人が共感できる地方出身女性のドラマと、東京の階層論みたいなものが両立しているところに魅力を感じて、映画化したいと思ったんです。

――なぜ移住先に金沢を選ばれたのですか?

 祖母が能登に住んでいて金沢にゆかりがあったのと、新幹線一本で東京に出ることができて、都会と田舎のバランスがちょうどいいところだったことでしょうか。ほどよく都会で、古くからの文化もあって、面白いお店も多い。その辺のバランスがとても良くて、好きな町だったんです。

――岨手監督にとって東京とはどんな場所だったのでしょう?

 大学のために上京して以来、15年以上東京で暮らしていましたが、この映画を撮ったことで改めて私が見ていた東京は本当に一部なんだと感じました。リサーチする中で全然知らない世界や景色に出合いました。また生活的に絶対接点のないような方にも取材させていただきましたが、そういうことを総合すると、東京とは多面的という言葉を越えて、“幻”というニュアンスに近い場所のような気がします。

私にとって映画を撮ることは社会にコミットすること

――ご出身地の長野から上京された頃、映画館を“居場所”だと感じていたそうですが、観ることから始まった映画を仕事にしようと思われたのはなぜですか?

 10代の頃って、人とのコミュニケーションで自分の人間性をうまく表現できる人もいれば、なかなかできない人もいますよね。私の場合は、10代の頃の表現ツールが映画を撮ったり映画について語ることだったんです。表現の発露として、自分に合っていたというか。単純にとても好きで興味があったのもあって、学生の頃から自主映画を撮っていました。

 映画を撮ると人間関係は広がりますし、発見も多々あって、その上「ぴあフィルムフェスティバル」や「水戸短編映像祭」などで入選すると、なかなかお目にかかれない審査員の方からご意見をいただくことできて。私にとって映画を撮ることは社会にコミットすることでもあり、それがすごく面白くて自主映画を撮り続けて今に至ります。

――小説や他の表現手段ではなく、映画を撮ることで社会にコミットしていると感じたわけですね?

 そうですね。1人では撮れないところが映画の良さかなと。これまで作られてきたさまざまな映画の逸話みたいなものも含めて魅力的だと思っています。