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推しは推せる時に推せ! “刹那の瞬間”を焼き付けた奇跡の映画『ハニーレモンソーダ』

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

『ハニーレモンソーダ』全国ロードショー公開中 企画・配給:松竹 (c)2021「ハニーレモンソーダ」製作委員会(c)村田真優/集英社
『ハニーレモンソーダ』全国ロードショー公開中 企画・配給:松竹 (c)2021「ハニーレモンソーダ」製作委員会(c)村田真優/集英社

 古くは親衛隊や追っかけ、一般的にはファン、マニア、オタク……特定の人物などを熱心に応援する人たちを指す言葉は多く存在します。しかしながら、応援される側を指す言葉はあまりなかったような? そこで近年使われ始めた言葉が「推し」。「私の推しは○○ちゃん」といった名詞的用法の他、「○○ちゃんは推せる」など動詞としても使うことができます。対象物を客観的にとらえているようにも感じられる微妙なニュアンスゆえ、年齢性別問わず使えるところもポイントです。では、人はなぜ“推しを推す”のでしょう? またその行為にはどんな意味が? 人気漫画の実写映画化作品『ハニーレモンソーダ』を通じて、映画ジャーナリストの関口裕子さんに語っていただきました。

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推しを推せば自分も幸せ まるで幸せのメリーゴーラウンド

「推しごと」という言葉をご存じだろうか? 「推しを応援する目的で行う行動全般」のことで、私はこの言葉を“推し”の1人に教わった(グループ推し、いわゆる“箱推し”なので1人ではないのだ)。ちなみに“推し”とは、「人にすすめたいほど気に入っている人(アイドルやアニメのキャラクター)や物」のこと。そう大辞泉には記されている。

 自分が推している対象を人にすすめたいかどうかは別として、推しごと自体は多くの方におすすめしたい。推しごとは自分へのご褒美、癒やしそのものだと感じるから。そういう意味で推しごとは、推しの応援のみならず自分の応援にもなっている。推しを推せば自分も幸せ。まるで幸せのメリーゴーラウンドだ。

 そんな私の推しの1人が主演している映画『ハニーレモンソーダ』。中学時代に「石」と呼ばれ、いじめられていた自分を変えるため、自由な高校に入学した少女・羽花(吉川愛)。そこで出会ったレモン色の髪に長身、イケメンの少年・界(Snow Manのラウール)との恋や友情に戸惑いながら、自分の意志で未来へと歩き始める“胸キュン”青春ラブストーリーだ。

 本来なら自分の子どもたち世代のための作品なのだが、これが楽しい。主人公たちの視点で観るのはさすがにおこがましいが、映画という水槽の中をキラキラと泳ぎ、時に悩み、時に精一杯の恋をするかわいい少年少女たちを眺めているだけで、アンチエイジングになりそうだ。

芥川賞受賞作でも描かれた「推しごと」の世界とは

 第164回(2020年下半期)芥川賞を受賞した宇佐見りんの「推し、燃ゆ」(河出書房新社刊)を例に、推しごととはどういうものかご紹介したい。

 ある男性アイドルを熱烈に推す主人公、あかりは、ライブや舞台への参戦はもちろん、CDやDVD、写真集、ライブグッズを保存用と観賞用、貸し出し用に同じものを3つ購入する。そして推しのことをブログで綴り、ネット上に語らい合うファン仲間を持つ。高校生のあかりはやらないが、推しの曲しか歌わないカラオケを楽しんだり、本人のいない誕生日を祝ったり、着ていた同じブランドの服を購入したりするのも推しごとだ。推しごとは結構アクティブだし、経済を回している。

「推し、燃ゆ」にはファンとアイドルの関わり方について「十人十色」と書かれている。推しのすべての行動を信奉する人、逆にすべてを批評する人、恋愛的に好きな人、恋愛的ではないが近付きたい人、歌や芝居など作品だけが好きな人、推しへの投資が楽しみな人、ファン同士のコミュニケーションが楽しみな人などさまざまだ。

 ちなみにあかりはこうだ。「あたしのスタンスは作品も人も丸ごと解釈し続けることだった。推しの見る世界を見たかった」。私もこれに近い。推しの見る世界を見たいわけではないが、毎日成長し続ける姿は“丸ごと解釈し続ける”ための格好の対象なのだ。

 いずれにしても自分、そして推しが健やかであることが、推しごとの一番の条件だと思う。どちらかが健やかでないのであれば、おすすめはできない。