インタビュー

じゃじゃ馬から執行役員へ 老舗を変え続ける30代女性 入社20日で退社決意した過去も

著者:Hint-Pot編集部・佐藤 直子

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「船橋屋」で執行役員の肩書きを持つ佐藤恭子さん【写真:臼田洋一郎】
「船橋屋」で執行役員の肩書きを持つ佐藤恭子さん【写真:臼田洋一郎】

 さまざまな分野で活躍する女性たち……と聞くと、「自分とは異なる世界で生きている」「自分とは違う特別な人なのでは」と、まったく関係のない話だと感じてしまう方が多いかもしれません。とはいえ、「生きる」中で感じることや苦悩は、どのような立場でも存在しています。そんな「特別」と思いがちな人物にスポットライトを当て、それぞれの人生を紐解く連載がこの「私のビハインドストーリー」。第1回(前編)は、200年以上続く老舗和菓子店で30代ながら執行役員の肩書きを持つ佐藤恭子さんに登場していただきました。

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連載「私のビハインドストーリー」がスタート 初回はくず餅の「船橋屋」に魅せられた佐藤恭子さん

 江戸文化2年(1805年)に創業し、くず餅一筋216年の「船橋屋」。東京の下町・亀戸天神前で長く愛される発酵和菓子の老舗です。伝統を守りながらも「くず餅プリン」や「飲むくず餅乳酸菌」といった新製品や老若男女に人気があるアニメのデザイン商品などを開発したり、ECサイトをスタートさせたりと、新たな試みに積極的な姿勢が注目を集めることも。

 そんな「船橋屋」で、8代目の渡辺雅司社長との名コンビを組んでいるのが、執行役員・企画本部長の佐藤恭子さん。新卒採用に1万7000人以上が応募する人気企業に発展させましたが、実は入社後にたった20日で辞めようと思ったこともありました。

入社からわずか20日後に退社も考えたと語る佐藤さん【写真:臼田洋一郎】
入社からわずか20日後に退社も考えたと語る佐藤さん【写真:臼田洋一郎】

 関東大震災や東京大空襲に遭いながらも、庶民に愛され生き残った江戸文化香る魅力に惹かれた佐藤さん。2004年に新卒で入社しましたが、「会長と社長には今でも“じゃじゃ馬”って呼ばれます」と笑います。

古参社員の反発を招いた入社当時 無意識のうちにかまえていた自分

 中学から大学まで10年間、バスケットボールに打ち込んだ勢いそのままに飛び込んだ職人の世界。でも、その積極性が古参社員の反発を招き、嫌がらせを受けたり、激しく叱責されたり……。入社からわずか20日後に退社を考えたそうです。

 そんな佐藤さんを思いとどまらせたのが、専務(現社長)の後押しと、配属された都内百貨店売り場の店長の理解でした。

「店長が『あなたの言うことを信じるよ』と言ってくれたことで、少し自分本位で考えすぎていたことに気付きました。どうせ何か言われるんだから理解されなくていい。そう思っていたからぶつかったし、出る杭が打たれたんだと思います」

 負けず嫌いの性格も手伝い、無意識のうちにかまえていたファイティングポーズ。理解者が現れ、肩から余分な力が抜けるとフッと視界が晴れたといいます。

「理解してもらえるように努めることはすごく重要。自分のやりたいことを1人でやるよりも、周りの協力を得ながら、意見交換をしながら進めることが大切なんだと教わりました」

社内に新たな価値観を根付かせる役割に抜擢

 入社4年目の2008年、社長が7代目から8代目へと引き継がれ、船橋屋の新たな歴史が始まりました。

 実子がありながらビジネスの才がある証券マンを養子に迎えた6代目、百貨店進出など事業拡大を進めた7代目、そして銀行員から家業を継いだ8代目もまた、変化を厭わない人物。職人の世界を尊重しつつも、時代に即した船橋屋の姿を目指し、大きく舵を切りました。

「社長は本当にクリエイティブで先見性があります」と佐藤さん。かねてより佐藤さんの積極性と根気強さを評価していた8代目は、社内に新たな価値観を根付かせ、企画として具現化する役割を任せます。

「先陣を切って動くのが私の役目。新たな方向性や価値観を伝える時、1回や2回で理解してもらえるとは思わずに、話し方や視点を変えてみるなどいろいろな方法を試しますし、他の方にお願いすることもあります。新しいことをする時は賛成派と反対派が生まれて当然。理解してもらうために、どう働きかけるかが大切だと思います」