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夫・伊丹十三と100%で映画に向き合った宮本信子 行き着いた“美しさ”の理由とは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

映画の製作に入れば100%で映画と向き合った夫婦

『お葬式』がヒットした後の快進撃はご存じの通り。3作目の『マルサの女』(1987)は、ヒットだけでなく日本アカデミー賞他、数々の映画賞を総なめにした。

 そんな宮本を伊丹監督は「想像力のある人。観察力があり、独自の観察点から出発して役を作ってくる」と言っている。『マルサの女』の税務官役では浅草の税務署に通い、『あげまん』(1990)では芸者についてつぶさに調べた。徹底的に調べ上げた上で、少し演劇的なくらい役を創り上げる。それが伊丹監督の速いテンポで描かれる、独特なアングルを用いた演出とよくマッチした。

 伊丹監督の遺作となった『マルタイの女』(1997)でも、殺人事件の目撃者となった女優ビワコという、またもや自分と酷似した役を演じた。何と『ミンボーの女』(1992)公開後に受けた襲撃事件にヒントを得た作品。映画を作って傷付けられた体験を元に、伊丹監督は新しい映画を作った。事件後のマスコミのあり方が生々しいのは、2人が経験したことだからだ。

 ドキュメンタリーで鍛えた伊丹監督は面目躍起。徹底的なリサーチを好む宮本にとっても、真実にヒントを経て、劇映画の世界へと再構築していく、この作風はフィットしたのだろう。2人の創り出す作品は、リアリティに富みながら、笑って叫んで考えさせられるエンターテインメントとして、ますます磨かれていった。

 映画の製作に入れば100%で映画と向き合う夫婦は、同時にアーティストであることを重視したように思う。家庭も仕事場となり息抜きの場を失うが、それでも前を向ける強靭な精神力を持つ2人だったからこそ成立したのかもしれない。

淑子こと“宮本信子”の存在を必要とした『キネマの神様』

結婚前の淑子(永野芽郁)は撮影所前の食堂「ふな喜」の看板娘(c)2021「キネマの神様」製作委員会
結婚前の淑子(永野芽郁)は撮影所前の食堂「ふな喜」の看板娘(c)2021「キネマの神様」製作委員会

 映画『キネマの神様』は、映画製作から離れたゴウが、あれほど愛した映画とどんな距離感で生きてきたかを明確に描かない。普通ならギャンブル、借金、酒好きというワードだけが際立ってしまいがちだ。それを“ただのダメ男”としないために、淑子こと“宮本信子”の存在が必要だったのではないか。

 たぶんゴウは長い人生の中で時々、良くも悪くも淑子を魅了する何かを発揮してきたのだろう。それもうまくいかずに借金がかさむが、淑子には最後までゴウの夢に付き合おうという覚悟がある。宮本信子が演じるからこそ、観る者は描かれない時間をそうだろうと想像することができた。

 伊丹監督作品を離れた宮本の美しさは、アーティスティックな思考と家庭的な生活を欲する思考、その両方を長年引き受け、危ういバランスで成立させたという自負によって生まれたものなのではないか。

 そんな宮本信子という俳優そのものが醸し出す“物語”を、山田洋次監督はうまく演出に用いた。そこには伊丹監督へのオマージュも感じられる。『キネマの神様』というタイトルの映画に。

 
『キネマの神様』ロードショー公開中 配給:松竹(c)2021「キネマの神様」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。