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「芸能界に憧れていないこと」が魅力の一つ 松本穂香が観る者を惹き付ける理由とは
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“生命力のまとい方”が印象的だった実際の撮影現場
松本は有村架純に憧れ、高校在学中に同じ事務所のオーディションを受けて合格。2015年1月から配信されたロッテ商品とのコラボ短編映画「MY NAME」で活動をスタート。9月には東京に拠点を移すが、それまではオーディションの度に大阪から新幹線で上京し、落ちては泣きながら帰るという日もあったという。
だが、その後は快進撃。2016年1月期のドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(CX系)の有村の同僚役で連ドラデビュー。同年3月には舞台『ヨミガエラセ屋』に主演。NHK連続テレビ小説「ひよっこ」(2017)、「この世界の片隅に」(2018・TBS系)を経て、ふくだももこ監督『おいしい家族』(2019)、中川龍太郎監督『わたしは光をにぎっている』(2019)、片桐健滋監督『酔うと化け物になる父がつらい』(2020)、ふくだももこ監督『君が世界のはじまり』(2020)、角川春樹監督『みをつくし料理帖』(2020)と主演作が続く。
松本は観た人を惹き付ける力にあふれている。神木隆之介と共演するauのCM「意識高すぎ!高杉くん」シリーズなどが象徴的だ。何でもない日常を切り取ったものなのに記憶に残る。
『ヨミガエラセ屋』は「MY NAME」を観た関係者の抜擢だし、『おいしい家族』も「ひよっこ」を見ていたふくだ監督の強い希望によるものだ。ふくだ監督は「おもろい顔やなあ」と気になり、見ているうちに「誰にも似てない唯一無二の魅力がある」と感じたそうだ。
筆者が現場で見ていた長谷川康夫監督の青春群像劇『あの頃、君を追いかけた』(2018)では、スタートがかかるまでの意識の消し方と、カメラが回ってからの生命力のまとい方が印象的だった。不意打ちなのだ。だから、作品中で松本が口にするちょっとした下ネタゼリフにすらドキドキさせられた。
毒を持って発射された「変わっている」の言葉すら浄化する力
外見の魅力はいったん置いておき、何が観る者を惹き付けるのか考えてみる。『みをつくし料理帖』のタイトルロールに抜擢した角川監督は、松本の魅力の一つに「芸能界に憧れていないこと」を挙げていた。
高校時代、演劇部に所属。「みんな個性的で趣味趣向が強かったが、彼らと一緒にいると自分だけが変わっているわけではないと感じることができた」。そんな土壌を得た上で知った「みんなと演技をして一つのものを作り上げる楽しさ」。彼女がやっているのは『ミュジコフィリア』のテーマそのもののように、“演技”という表現への飽くなき追求。追求した喜びに満ちた彼女がそれを表現するのだから、魅了されるのも仕方ないと思う。
『ミュジコフィリア』は、偉大な作曲家の父(石丸幹二)と、将来を期待される異母兄の大成(山崎育三郎)に反発し、映像作家を志して美術科に入学した新入生の朔(井之脇海)の物語。ひょんなことから「現代音楽研究会」に入部した朔は、留年中の先輩や個性的な教授らと過ごすうちに、音楽に向き合うようになる。
松本は、頑なに音楽を拒否するそんな朔の才能を見抜く天才ピアニストという役柄。京都、賀茂川の中州にピアノを置いての歌唱も、自転車で疾走しながら天真爛漫に歌う姿も、自然そのもののように新鮮な空気を醸成する。彼女の醸成した空気は、毒を持って発射された「変わっている」すら浄化する力がある。そう感じた。
『ミュジコフィリア』 2021年11月19日(金) TOHOシネマズ日比谷他 全国ロードショー(京都は先行公開中) (c)2021 musicophilia film partners (c)さそうあきら/双葉社
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。