カルチャー
有名映画監督一家が表現する“ホテル愛”とは 非日常の空間を疑似体験できる映画3選
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『ボンジュール、アン』:「ホテル・ベル・リーヴ」(フランス、ジュアン・レ・パン)
長年のホテル暮らしが、作品に顕著に表れるのはソフィアだけではない。フランシスの妻エレノアが79歳の時に監督した初の劇映画『ボンジュール、アン』(2017)にも独特なホテルとの距離感が描かれる。
撮影が行われたのは、カンヌから車で約20分のところにある5つ星ホテル「ホテル・ベル・リーヴ」。当初、撮影は映画祭メイン会場の向かいにある有名ホテル「バリエール・ル・マジェスティック・カンヌ」で行われる予定だった。だが撮影当日、サウジアラビアの王子が1000人のゲスト(!)と来訪。撮影は急遽キャンセルとなった。
「ホテル・ベル・リーヴ」を押さえたのはプロダクションデザイナーのアン・セイベル。以前ウディ・アレン監督の『マジック・イン・ムーンライト』(2014)で使ったことを思い出したのだという。ホテルとは、ドラマに事欠かない場所であることを実感させるエピソードだ。
物語の主人公は、プロデューサーである夫マイケル(アレック・ボールドウィン)とともにカンヌ国際映画祭に滞在していたアン(ダイアン・レイン)。マイケルはせわしなくいつも誰かと電話しており、耳の炎症で飛行機に乗れなくなったアンを残し、新作の撮影地であるハンガリーのブダペストに飛んでしまう。
仕方なく陸路で行くことにしたアンは、マイケルのビジネスパートナーで、人生を楽しむことに長けているジャック(アルノー・ヴィアール)と車で移動することに。だが寄り道だらけのその旅で、アンはフタをしてきた自分の感情に気付く。
エレノアの描くホテルでの何気ないエピソードは、アンの状況を顕著にする。チェックアウト時、先に部屋を出た夫に代わり、荷物を運んでくれるようアンはベルボーイに電話する。しかし電話はベルボーイにつながらず、結局、アンは自分でトランクを担いで階下に降ろす。
映画の大筋とは何ら関係のないエピソードだが、夫との現在の微妙な関係性がこうした小さなフラストレーションの積み重ねによるものであることを表現している。
本作はエレノアの体験がベースになっているのだという。彼女は結婚当初、フランシスが「妻の役割とは子どもを産み育て、家庭を守ること」だと信じて疑わない、伝統的な考えの持ち主だと気付かなかった。アーティストでもあるエレノアの活動は否応なく制限され、精神的に苦労したという。それを解決するためには、長い時間をかけて自分のプロジェクトと、フランシスの言う家庭を守るということを両立させるコツを体得していくしかなかった。
本作の最後でアンが見せる意味深な笑顔は、そんなフランシスへのちょっとした意趣返しなのかもしれない。
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。