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和久井映見が作品の質を上げる理由 『劇場版ラジエーションハウス』でも見せた柔軟さ

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

「映画は役を演じる人の人柄がにじみ出るもの」山田洋次監督の言葉で開眼

 そんな和久井が大注目されたのは、山田洋次監督の『息子』(1991)だ。主人公、哲夫(永瀬正敏)と恋をする聴覚に障害のある女性、征子を演じた。征子役は長らく決まらず、和久井自身も何度もカメラテストをしたという。

『息子』の撮影は夏と冬に行われ、それまでにない長丁場となった。その間に別の作品の撮影も入った上、当初感じていなかった周囲からのプレッシャーも加わる。「山田監督作品なんて大変だね」と言われたという。

『たそがれ清兵衛』で第76回米アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた時の山田洋次監督【写真:Getty Images】
『たそがれ清兵衛』で第76回米アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた時の山田洋次監督【写真:Getty Images】

 どう演じるのが正解なのか? 時を経ても、ちゃんと征子を一人の人物として成立させることができているのか? そんな不安を覚えた時、山田監督から「映画は役を演じる人の人柄がにじみ出るもの」と言われ、スッと楽になったのだそう。「役とは日常の何でもないことの積み重ねの上に成り立つもの」。たぶん「自分をきちんと生きることが大切」だということなのだろう。

『息子』はこんな話だ。岩手で一人暮らしする武骨な父、昭男(三國連太郎)に反発してきた哲夫は、東京で一人、仕事を転々としながら暮らしている。そんな哲夫がある日、「結婚したい人」だと征子を昭男に紹介する。

 昭男は彼女を見つめながら「この子の嫁っこになってくれるのか?」と尋ねる。その唇を読んでうなずく征子。目にたたえた喜びの光が、観る者の胸を打った。和久井の、わずかに首を動かしただけのこの静かな演技に、胸がいっぱいになる思いを味わったのだ。